01 言葉の彩(あや) (ロマサガMS・ジャンクロ&グレイ&ミリアム&ジャミル)


「さんってつけるの、やめて」

 クローディアがジャンにこう告げるのは、日常茶飯事だった。
 しかし。
「あ、すみません。でも他にクローディアさ……んをお呼びする言い方が」
「どうして!」
 予想外のクローディアの大きな声に、テーブルを囲んでいた全員の視線が彼女に集中した。
 クローディアは狼狽したジャンの顔を見つめている。
「私だけそんな呼び方なの?」
 普段から、あまり表情を変えることのない彼女の感情を読みとるのは難しい。
 だが、今のクローディアを見れば、誰もが彼女の激昂を理解できただろう。
「グレイも、ジャミルも、ミリアムのことだって、貴方は呼び捨てにしているじゃない。どうして私だけ違うの?」
 帝国軍人であるジャンにしてみれば、皇女たるクローディアを呼び捨てにするなど言語道断だろう。
 普段からその名を様付けで呼びかけそうになる度、何とかごまかしている状態なのだ。
 だが、それはあくまでジャンの都合である。
「私を見張る必要があるなら、みんなに頼めばいいでしょう。無理についてくる必要はないわ」
「ご、誤解です!クローディア様!」
 クローディアがジャンに冷たい視線を向ける。
「私のことを特別扱いにしかできないのなら、もう来ないで。私には帝国なんて関係ないもの」
 言い捨て席を立った彼女は、そのままテーブルを離れた。
「クローディア、ちょっと待ちなよ!」
 宿の部屋へ向かったクローディアをミリアムが追う。
 後には呆然としたままのジャンと、黙って成り行きを見守っていた二人が残された。
「ど、ど、どうしたらいいんだ……グレイ!」
 食堂を出て行く二人の姿を見送ったグレイは、おもむろにジャンへと顔を向けた。
「態度を改めろ」
「どうやって!?」
「普通に話せばいい」
 単純明快な解答である。
「できるわけないじゃないか!」
「何故だ?」
 一瞬、ジャンは怯んだ。
 ここで我に返った彼は、大勢の人で賑わう食堂で騒ぎを起こした事に気づき、軽く咳払いをして椅子に座り直した。
 その上で、隣のグレイに幾分低い声で話しかける。
「クローディア様がどういう方かはわかっているだろう?本来なら一介の軍人が気安く話せる相手じゃないんだぞ」
 クローディアの出自は秘されていたが、共に旅をしていれば察しは付く。ましてやジャンの態度を見れば一目瞭然だ。
 しかし、グレイ一行はこれまでの旅の間、その点に触れることはなかった。
 だからこそ、ジャンの態度が浮いてしまう原因にもなったのだが。
「そもそもあの方は帝国の未来を左右するお方であって……」
「それが嫌なんじゃねぇの、クローディアはさ」
 テーブルに頬杖をついて二人のやりとりを見ていたジャミルが横槍を入れる。
「だ、だが、軍人としてはだな」
「あんたさぁ、それが逆効果になってるって気づいてないの?」
「え……」
 明らかに意表を突かれた様子のジャンに、ジャミルは軽く溜息をついた。
「グレイはともかく、オレやミリアムのことも呼び捨てにしてるくせに、クローディアは『様』付けだろ?実際にはそう呼んじゃいねぇけど、バレバレじゃん。一線引いてるって思うよな、普通」
「それは……」
「要はクローディアがどう思うかさ。あんたの遠慮が距離感、引いては冷たい態度に見えるって事だよ」
 ジャンは絶句した。
 ――まさか、自分の言動がそのような誤解を生んでいようとは。
 想像の範疇を越えていた事態に、ジャンは内心混乱していた。
 そのまま、しばしの時間が流れる。
「なぁ、グレイ」
 ぽつりとジャンが問う。
「今は冒険者だが、お前も軍属だったじゃないか。あの方へ何らかの遠慮というか……そういうものは感じないのか?」
 ジャミルが意外そうにグレイを見やる。
 が、グレイはその視線を無視して答えた。
「玉座で責務を果たす相手には相応の敬意を払う」
「しかし」
「クローディアは迷いの森で育った娘なのだろう?特別扱いする必要などあるまい」
「そう、か……」
 しばし考えた後、ジャンはおもむろに席を立った。

 ジャンは宿の一室の前に立ち、扉をノックした。
「クローディアさんにお話があるんですが」
 扉を開けたのはミリアムだった。
 彼女は小さく笑うと、室内のクローディアを振り向き、ひとつ頷く。
「じゃ、あたいは席を外すよ。……しっかりね、ジャン」
 ジャンの脇をすり抜ける際、小声でこれだけを言い残し、ミリアムは部屋を出ていった。
 入れ替わるように、ジャンが部屋に入る。
 クローディアは、窓際に佇んでいた。
「あの、クローディアさん」
「……何?」
「私はバファル帝国の軍人です。ですからどうしても、貴女を呼び捨てにすることができません」
「…………」
「でも、ですから、クローディアさん、と呼ばせていただくことをお許し願えないでしょうか」
 普段から様付けで呼びかけそうになる事が多々あり、そのたびに言い直していたのだが、最初からこう呼ぶことが出来るなら、距離感も縮まるかもしれない。
 軍属であるジャンにとって、今現在、これ以上は無理なのだ。
「私は、貴方に許可を与えるような人間ではないわ」 
 でも、と彼女は続ける。
「いつか……さんってつけるの、やめてもらえる?」
 普段その口をついて出る言葉よりも柔らかい口調で、クローディアが問うた。
「……努力します」
「わかったわ。……ありがとう」
 クローディアが静かな笑みを浮かべた。
 思わず赤面したジャンは慌てて部屋を後にしたのだが、彼女の微笑みはしっかりと脳裏に焼き付いていた。

──fin
(2005.07.27up)






02 葉笛の思い出 (アーク2・ポコ&ちょこ)


 ポコが口元に当てた葉に息を吹きかけると、素朴な音色が辺りに響いた。

 ――ほぉ、上手いもんじゃな、ポコ。

 初めて葉笛を鳴らした時、隣に座っていた祖父は目を丸くしたものだ。
 それまで、人に自慢できるような特技が孫に見られなかったせいもあるだろう。
 隣で祖父が鳴らした葉笛が羨ましくて、見様見真似で葉を摘み、吹いてみたのである。
 まだひとつも楽器を知らなかった頃、彼が音楽を知ったきっかけの出来事。
 それが、祖父から学んだ葉笛だった。

 懐かしい過去を思い起こしつつ葉笛を吹いていたポコの耳に、軽やかな足音が聞こえてきた。
「ポコ、なにしてるのー?」
 赤い髪を黄色いリボンで結んだ愛らしい少女が、座っているポコの顔を覗き込む。
 ポコは葉笛を口から離して顔を上げた。
「葉笛を吹いていたんだよ」
「ちょこにも教えてなの!」
「うん、いいよ」
 満面の笑みを浮かべるちょこが隣に座ると、ポコはやや幅の広い葉を一枚摘んだ。
 期待に満ちあふれた瞳の少女へ、葉を渡す。
「この葉を口にあてて、こう、息を吹くんだ」
 ポコの口元から、葉笛の音が響く。
 短い旋律を吹き終えたポコに促され、ちょこは両手で葉を持つと、大きく息を吸って勢いよく吹いた。
 奇妙な雑音が大きく響き渡り、ちょこは目を丸くする。
「ちがう音なのー」
「えーと、息の吹き方が強すぎるかな。もっと静かにやってみて」
 音量は下がったものの、やはり葉っぱが擦れる音しか出ない。
「ちがうのー!」
 ちょこは口を尖らせると、言葉に窮するポコへ右手を伸ばす。
「ポコの葉っぱがいいの!」
 結果はわかっていたが、ポコは苦笑と共につい先程吹いた葉をちょこの小さな手に載せた。
 改めて、ちょこがその葉を吹く。
 ……しかし、結果は変わらなかった。
 眉を寄せて自分を見上げるつぶらな瞳に、ポコは何とか説明を試みる。
「えっとね、じゃあ、葉っぱを少しずつずらしながら吹いてみて」
「ずらす?」
「そう、こう、少しずつ動かしてみるんだ」
 新しく摘んだ葉を吹きながら、ポコは手をほんの少しずつ右から左へ動かして見せる。
 ちょこはポコの手をじっと見つめ、その動作をなぞった。
 ……相変わらず、掠れた音しか聞こえて来ない。
 葉笛は感覚的なものだ。コツさえつかめばすぐに吹きこなせるが、それを会得するまでが難儀なのである。ポコは天性の才能があったためにさほど苦労はしなかったが、それゆえ感覚を伝えるのが却って難しい。
 敢えて言うなら、竹馬や玉乗りなどのバランス感覚の会得方法を教える難しさに近いだろうか。
 ──ちなみに、ポコは竹馬に乗れないのだが。
「ダメなのー」
 ちょこは悲しそうに俯いた。
 時間をかけて何度も試したが、どうしても音を出すことが出来ないのだ。
 ちょこの瞳が潤んでゆく。
 今にも泣き出しそうな少女の頭を、ポコは優しく撫でた。
「残念だったけど、頑張ったね」
「ポコ……」
「今日は出来なかったけど、明日は吹けるかもしれないよ」
 意外な言葉に、ちょこの涙が乾いた。
「ほんとう?」
 ポコは優しく頷く。
「明日はダメでも明後日や明明後日、いや、もっと先になるかもしれないけど……毎日練習していたら、きっと出来るようになるから。僕のおじいちゃんも、なかなかできなかったって言ってたんだよ」
「ポコは?」
「……うん、僕は何故かすぐに吹けたんだけど」
 一生懸命練習しても葉笛を鳴らせなかった少女へ応える声は、少し小さかった。
 なんとなく、後ろめたい気持ちを抱いてしまうのだ。
 しかし。
「ポコ、すごいのー!」
 彼の躊躇いを吹き消すような、明るい声。
 その声で我に返ったポコを、ちょこは目を輝かせて見つめていた。
 純粋な賛辞に、ポコは一瞬戸惑いを覚える。
 だが、ちょこの態度は変わらない。
 無垢で優しい心根の少女は、必要以上の遠慮を吹き飛ばしてしまうのだろうか。
 ポコの肩から力が抜けた。そして、にっこりと笑みを返す。
「うん、ありがとう」
 言葉は自然と口をついて出た。万感の想いが込められているのだが、少女に知る由はない。
 ──否、感じ取っているだろうか。この少女ならば。
 右手に持っていた葉を改めて見つめると、ちょこはその場に座り直した。
「ちょこもれんしゅうするの。吹けるまでがんばるのー」
 屈託のない微笑みを彼に向け、少女は再び葉笛の練習を始める。
 そんなちょこの姿が、ポコにはとても嬉しく感じられた。

──fin
(2005.05.30up)






03 竹藪 (サモナイ3・スバル&アティ)


 授業の後、青空教室を片づけていたアティは、やや離れた大木の下に小さな人影を認めた。
 アティは作業の手を休めると、そちらへと足を向ける。
 普段は真っ先に帰るはずのスバルが、木にもたれかかり、俯き加減で足下の地面を蹴っていた。
「どうしたの?スバル君」
 弾かれたように少年が顔を上げた。しかし、すぐに俯いてしまう。
 アティが身を屈めて彼の顔を覗き込むと、スバルは躊躇いがちに口を開く。
「キュウマが、なんか、変なんだ……」
 そして、途切れ途切れに、スバルは昨日の出来事を言葉少なに説明した。

 鎮守の森で、一人佇むキュウマの姿。
 決意を秘めた横顔には、けれどもどこか思い詰めた様子が感じられ……。
 一陣の風が起こした笹の葉擦れの音が、ひどく耳に残る。
 どうしても彼に近づくことができず、竹笹の影から、その姿を見つめることしか出来なくて。
 背後の気配に対する誰何の声は鋭かったけれども、仕える主君の姿を認めるや、物静かな普段の彼に戻っていた。
 ……いつもと変わりない筈なのに、あの横顔が忘れられない……。

「おいらを見た時のキュウマはいつも通りだったと思うんだ。けど、なんかおかしい感じがしてさ。それで……」

 城の縁側で、ミスミは庭を眺めていた。
 背筋を伸ばして端座する彼女には、一種近寄りがたい雰囲気が漂っている。
 その表情は伺うべくもないが、膝の上に組まれた両手は、固く握りしめられていた。
 我が子の呼びかけに振り向いた彼女は、笑みを浮かべていたものの……。
 ――泣き笑いにも似た、どこか頼りなげな表情だった。

「おいらが学校の話をしてるうちに、母上も元気になってくれたけど……結局、話せなかったんだ。キュウマのこと」
 でも、何かヘンなんだよ、とスバルは小さく呟く。
 そんな彼を見ていると、心の内をうまく表現できないもどかしさが伝わってきた。
 実を言うと、アティも普段と様子の異なる二人を目撃していたのだ。
 ミスミがあれ程までに怒りに声を荒げる所を見たのは初めてだったし、抑えてはいたものの怯む様子のない、むしろ強い態度のキュウマにも驚かされた。
 どのような話だったのか伺い知ることは出来ないし、部外者の自分が口を挟むべきでない事も承知しているつもりだ。
 ――だが。
「先生も、ちょっと気になってたの」
 不安を隠しきれない少年を目の当たりにしては、そうも言っていられない。
「だから、それとなく尋ねてみます」
「本当?」
 顔を上げたスバルの期待に満ちた眼差しに、アティはしっかりと頷いて見せた。
「ええ。だから安心して。ね?」
「うん!ありがとう、先生!」
 スバルが笑顔を浮かべた事に安堵し、アティもまた笑みを返す。
 アティ自身、気になることは多々あるのだ。護人たちに尋ねたいこともある。
 不思議と、それらは一本の糸で繋がっている気がしていた。

 ――それは、後に起こる出来事に対する、一種の予感だったのかもしれない。

──fin
(2005.08.11up)






04 隣の非と前の灯と (サモナイ3・アルディラ&ファリエル)


 アルディラとファリエル、そしてシャルトスの力を用いたレックスによって遺跡が封じられてから、数時間後。
 シャルトスは、帝国軍と戦うレックスの手に戻ってきた。
 同時に発生した、大地を揺るがす地震と強烈な風雨。
 ――これらの出来事に、遺跡が何らかの関わりを持つとしか思えなかった。
 そう感じたからこそ、ファリエルとアルディラは、その夜のうちに遺跡を調査しに来たのである。
 しかし、遺跡は沈黙しており、異変が全く見られなかった。
 些か疑念が残ったものの、様子見が無難だろうと考えた二人は、念のため遺跡内部を破壊した上で、集落に戻ることにしたのである。

 二人が集いの泉へ戻る頃には、夜空に星が瞬くようになっていた。
「こうしてまた話が出来るなんて思いもしなかったわ」
 先程の暴風雨が嘘のように静まる中、不意にアルディラは口を開いた。
 しかし、一歩先を行く彼女には、背後の人物の表情を伺うことはできない。
 徒歩により生じる規則正しい鎧の音が、やや不自然に響いた。
 相手が立ち止まったらしいと気づき、アルディラが背後を振り向く。
 その表情が驚愕に彩られた。
 月明かりの下に、一人の少女の姿を見つけた所為である。
 幼さの残る顔立ち。柔らかに波打つ髪はリボンでまとめられ、風に揺れる衣服は彼女の愛らしさを引き立てている。その昔、彼女の兄が見立てたものだ。
 一見大人しい少女だが、剣術の冴えは見事なもので、彼女に適う者など数えるほどしかいなかったはずである。
 誰より兄を慕い、彼を守り、最後にはその身を盾にして戦った少女。
 アルディラの表情が和らいだ。
「本当に、貴女なのね、ファリエル……」
 だが、彼女は顔を上げなかった。
「ファリエル?」
「ごめんなさい……」
 絞り出すように小さく呟いた少女の一言に、アルディラは意表を突かれた。
 彼女の戸惑いに気づかぬまま、ファリエルは悔恨の思いを言葉に託す。
「すぐ近くにいたけれど、わたし、何も出来なかった。義姉さんが傷ついて苦しんでいるのがわかっていたのに、怖くて本当のことが言えなかったの……」
 ――この子は。
 その身を失い、精神だけを現世に繋ぎ留めながら尚、アルディラを案じていたのだ。
 集落をまとめ、護人としての役割を果たしながら、身近にいた義姉のことまでも。
 ……何故、気づかなかったのだろう。
 常に前線に立って同朋を守る、ファルゼンの姿はまさにファリエルそのものだったというのに。
「ごめんなさい」
 肩を震わせる少女の姿は、記憶に残るそれよりも小さく感じられて……。
 アルディラは思わず手を伸ばしたが、しかしむなしく空を切るだけだった。
「こんなに近くにいたのに、気づかなかったのね。私って、本当に愚かだわ」
 自身の迂闊さに恥じ入るべきはアルディラの方である。
 ましてや彼女はハイネルの幻影に惑わされ、取り返しのつかない過ちを犯そうとしていたのだから。
「義姉さん……」
「貴女が泣くことなんてない。苦しむ必要はなかったのに。ごめんなさいね、ファリエル」
 ファリエルが首を横に振る。
 これほど心優しい少女が、今日までの長い間、人知れず苦しんでいたのだ。
「二度と過ちを繰り返さないと、約束するわ」
 ファリエルが初めて顔を上げた。
 我が身を責める少女の様子に、アルディラは自身の罪の重さを改めて自覚する。
 これ以上、誰かを傷つけないために。
 そして、眼前の少女を悲しませないために。
「私たちはもう一人ではないもの。そうでしょう?」
 アルディラが発した言葉は、彼女が考えていた以上に力強く響いた。
 悲しみに沈んでいた少女の憂いを晴らすほどに。
「ええ……!」
 ファリエルの表情に控えめな、けれども心からの笑みが浮かんだ。

──fin
(2005.07.01up)






05 流れる紅 (ロマサガMS・グレミリ&ガラハド)


 グレイの前を、紅の色彩が通り抜けた。
 彼がそちらに目をやると、紅の色彩を身にまとった娘──ミリアムが、とある店の前で立ち止まっている。何か珍しい物を見つけたらしい。
 彼女の視線の先に目を向ける。と、店の軒先に小さな鐘が吊られていた。
 鐘の中には細長い棒が吊るされ、その先に結わえられた短冊が風を受けると音を鳴らす……風鈴である。
「風鈴か」
 澄んだ音を聞きながらグレイがその名を告げると、ミリアムは目を丸くした。
「知ってるの?」
「前に聞いたことがある。リガウ独特の細工物らしいな。音で涼感を出すそうだ」
「そうなんだ」
 ミリアムは目を閉じると、耳をそばだてた。
 風が吹く度に、風鈴が澄んだ音を立てる。
 雑踏にかき消されそうな小さな音色だが、意識すると耳に届くものだ。
「確かに、綺麗な音だね。涼しいかはよくわかんないけどさ」
 彼女の素直な感想に、グレイは小さく笑う。
「そうだな」
 続いてミリアムは刀鍛冶の店を覗いた。
「グレイ、これさ、折れたりしないの?」
 店先には反りを持つ薄い刃の武器──刀が、抜き身の状態で一振り展示されている。
 周囲の刀は全て鞘に収められているので、これは見本品なのだろう。
 一見して確認できる刀の形状では、長剣や大剣に比べて些か心許なく感じられるのも無理はない。
「ああ。刀は斬るものだからな。叩きつける長剣や大剣とは用途が異なる。しかし達人が手にすれば、大岩も真っ二つにできるそうだ」
「真っ二つ!?ホントに?」
「俺もこの目で見たわけじゃないがな」
 ここで、グレイは売り物として並べられている刀を一振り手に取った。
 鯉口を切り、静かに刀身を滑らせる。
「ほう」
 思わず感嘆の声が漏れた。一片の曇りもない刃、鏡の如く彼の瞳を映す刀身。手に馴染む感触も申し分ない。見事な逸品である。
 残念ながら、今の彼が手にするには少々値が張っていたが。
 刀を鞘に戻し、元あった場所に返すと、ミリアムは感心した様子でグレイを見つめていた。
「どうした?」
「ん、なんか手慣れてる感じがしてさ」
「基礎を学んだ折に一通り教わったからな」
「へぇ、そうなんだ」
 ミリアムは再び店先に飾られている抜き身の刀に目をやった。
 そこへ、悠然と近づいてくる一つの影。
「ここにいたのか、二人共」
 威風堂々とした体格の男に、ミリアムは笑顔を見せた。
「ガラハド、精算は済んだ?」
「ああ。全く、面倒事を私に押しつけるのはいい加減にしてほしいものだが」
「この中で一番数字に強いのはアンタなんだから、適材適所でしょ」
「少しは自発的にだな……」
 小言が始まりそうになった事を察し、ミリアムはするりと二人から離れる。
「さて、無事ジェルトンに到着したんだし、まずは情報収集だね」
「ミリアム」
「急がないと誰かに先を越されちゃうよ、ほら早く!」
 軽やかに駆け出すミリアムに、ガラハドは溜息をつく。
「グレイ、お前もだな……」
「必要に迫られればな。今はお前に任せておくのが適任だろう」
 グレイの言葉にガラハドが複雑な表情を浮かべた。
 誉められたことを素直に喜ぶべきか、注意を促すべきか、迷っているらしい。
 そんな彼の耳に、明るい声が届く。
「グレイ、ガラハド、急ぎなよ!」
 ミリアムの声に応じ、グレイは彼女の元へと歩き出す。
 その背後で、ガラハドの微かな溜息が聞こえてきた。

──fin
(2005.08.11up)






お題「幼い頃」06-10

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