01 大海の泡 (サモナイ3・スカアティ&ソノラ) 「なんだか嘘みたいね」 「え?」 「センセがこの船に乗ってることが、よ」 アティを見つめるスカーレルは、静かに微笑んだ。 その瞳には優しい光が宿っている。 ――島では遠く感じた笑みが、そこにある。 ふと、アティはつい先日の出来事を思い出した。 甲板の手すりに両肘を載せて海を眺めていたソノラは、不意に隣に立つアティへ顔を向けた。 「先生がこの船に乗るとは思わなかったなー」 発言の内容に反して、その声音は明るく、楽しげだ。 「意外でしたか?」 「うん、正直言うとね。だって先生は島で最初の先生だったわけじゃない?ナップは軍学校に入っちゃったけど、島で教師を続けるとばかり思ってた」 「先のことはまだわかりませんけど、今は……あの人の傍にいたいから」 はにかんだ表情を見せるアティに、ソノラは嬉しそうな笑みを返す。 「ありがと、先生」 「え?」 「スカーレルを選んでくれたこと。嬉しいんだ、あたし。船に乗る女の人が増えたこともそうだけど、スカーレルが寂しそうな顔見せなくなったから」 一瞬、アティが返す言葉を躊躇うと、ソノラは海の彼方へと視線を向けた。 「スカーレルって、昔からあたしたちに一線引いてるところがあったんだよね。仲間だけどどうしても越えられない部分があって。アニキはそういうの詮索しないから、程良い距離感が保てたんだと思うけど」 静かな横顔は、言葉以上に彼女の内面を現しているようだ。 以前、少しだけソノラが話してくれたスカーレルの過去を、アティは思い出す。 最初は近寄りがたい印象があったけれど、寂しいときは傍にいてくれる優しい人だと気づいたのだ、と。 ソノラは再びアティを振り向いた。 「それがある意味スカーレルにとっての居心地の良さでもあったのかもしれないけど、やっぱりちょっと寂しいじゃない?」 苦笑は寂しさを隠す仮面。 ソノラは優しい。まっすぐな気性で、人懐っこく、そして愛おしい。 ……だからこそ、距離を置くのだ。彼は。 「たまにね、離れたところからあたしたちのこと見てる事があるんだけど……そんなスカーレルは、どこか寂しげで。あたしはこっちに来て欲しいんだけど、やんわり断られちゃうんだ。アナタは遊んでらっしゃい、アタシはここで見てるからって」 「……なんとなく、わかります」 距離を置く事で、守ろうとしていたのだろう。 相手がそれを察しても、やんわりとかわした上で、決して崩さない距離。 如何にもスカーレルが考えそうなことだった。 「どうしてダメなのか、その時はわからなかったから、あたしもちょっと悲しかったんだよね」 「ソノラ……」 スカーレルも、ソノラの気持ちに気づいていたのではないだろうか。 だが、彼にとってはそれが最大限の妥協点で。 必要以上に懐に入れないように、その上で、彼女を大切にしてきたのだろう。 理解してしまう事で寂しさを感じる距離感は、しかし、拒絶すれば全て終わってしまうのだ。 大切な人であるなら尚のこと、切なく思えてならないというのに。 いつしかソノラは手すりに頬杖をついていたが、不意にアティへ顔を向けると、にっこりと笑った。 「だけど、今は先生がいてくれるから。もうスカーレルがあんな寂しそうな顔する事もないと思う」 明るい笑顔に翳りはない。 元気に満ちたソノラの存在は、カイル一家になくてはならないものなのだろう。 「幸せになってね、先生。もちろん、ばっちり見届けるつもりだけど」 「ええ。ありがとう、ソノラ」 茶目っ気たっぷりの少女へ、アティは応えたのだ。深い感謝の気持ちを載せて。 アティはスカーレルの左腕に両手を絡めた。そうして、肩に頭をもたせかける。 「現実ですよ、もちろん」 「センセ?」 「だって、スカーレルがちゃんと言葉にしてくれたんですから」 彼の顔を下から覗き込み、その唇に人差し指で触れながら、アティはにっこりと微笑む。 スカーレルが小さく笑って、唇に触れていたアティの手のひらを右手で包み込んだ。 「そうよね、アティ。貴女が応えてくれたから、アタシも一歩を踏み出せたわ」 互いが互いを必要とした。だから、こうしてアティは船に乗ったのだ。 ――一緒にいられるから、大丈夫。 安らぎの中で見出した、これが唯一無二の真実なのだから。
──fin
(2005.11.06up) |
02 七色ビー玉 (サモナイ3・レクディラ&スバル&パナシェ&マルルゥ) 蓮飛び勝負に負けたら『珍しいもの』を持ってくる事。 決め事をした日の勝負に負けてしまったレックスは、翌日の今日、珍しいものを持ってくる約束をした。 期待に胸を膨らませて青空教室にやって来たスバルたちだったが、青空教室は勉学に励む場所。 ……というわけで、レックスの『珍しいもの』のお披露目は、授業が終わった後になった。 最初は不満そうだった子どもたちだが、決まりは決まりである。 スバルもパナシェもマルルゥも、首を長くしながら大人しく今日の授業を受ける事となったのだ。 その分、終わってからの行動は早かった。 終業の鐘を合図に子どもたちはレックスに駆け寄り、口々に珍しいものをせがむ。 レックスも心得た様子で、にこにこしながらポケットから手のひらサイズの布袋を取り出した。 逆さにした布袋から、色とりどりのガラス玉がこぼれ出る。 ……色づいていたのは、ガラス玉の中に仕込まれた模様で、太陽の光に反射するガラス玉自体は無色透明だったのだが。 歓声が上がる中、スバルが尋ねた。 「先生、これ何?」 「ビー玉だよ。ガラスで作った玩具なんだ」 スバルとパナシェはレックスが持ってきたビー玉を受け取ると、しげしげと眺めた。最初は手のひらに載せていたが、親指と人差し指でビー玉を挟み、覗き見たり透かして見たりと大はしゃぎである。 小さな身体の妖精マルルゥはパナシェの手のひらの周囲をくるくる飛びながら、様々な角度からビー玉を見つめている。 「キレイですねぇ」 三人とも、この玩具を目にするのが初めてだったらしく、興味津々の体だった。 「外の世界にはこんなものもあるんだ……」 「ガラス細工の一種だから、ガラスを加工する技を持つ人なら作ることが出来るんだよ」 「そうなの!?」 驚く子どもたちにレックスはビー玉について簡単な説明を加えた。 内容が玩具であるせいか、子どもたちはいつになく熱心にレックスの話に聞き入っている。 説明を終えると、レックスはビー玉本来の使い方をレクチャーした。 いくつかのビー玉遊びを教えて、実践してみせる。 まずは簡単なビー玉当て。足元に置いたビー玉を、目の位置から落とすビー玉で当ててみせるゲームである。 最初は落とすビー玉が地面を直撃していたが、慣れればすぐに的中率が上がってくる。 タイミングを見計らって、レックスは次のビー玉遊びの準備にとりかかった。 こちらは地面に図を描いて穴を開けた陣取りゲームである。いざ始めてみると、勝負の色合いが濃くなったせいか、俄然熱気を帯びてきた。 どのくらい時間が経ったろうか。 青空教室の片付けも忘れてビー玉遊びに夢中になっていたレックス達へ、涼やかな声が掛けられた。 「楽しそうね」 全員が顔を上げると、ラトリクスの護人アルディラの姿が視界に入る。 「あ、アルディラ姉ちゃん」 その名を声にだしたスバルを始め、皆一様に驚いた顔で歩み寄る彼女を見つめた。 子どもたちに微笑みかけ、アルディラが問う。 「何をしているの?」 「ビー玉遊びだよ。ほら、これがおいらの陣地で、先生のビー玉を狙ってたんだ」 手元の地面を指さしながら、スバルが説明する。 「そう。楽しい?」 「うん!」 「良かったわね」 楽しそうなスバルと話しつつ、アルディラはレックスを見やる。 彼は大きな黒板に残っていたチョークの文字を綺麗に拭き取り、開いたままになっていた教科書をまとめていた。 ちなみに、レックスは先程の呼びかけに真っ先に顔を上げるや、慌てて周囲の片づけを始めたのだ。さながら大人に悪戯を見咎められた子供のようである。 突然ゲームを放り出したレックスの様子を、子どもたちが不審に思わない筈がない。 「先生さん、急にどうしたんですかー?」 マルルゥの不思議そうな声にぎくりと動きを止めたレックスは、どこか困ったような、照れくさそうな笑みを浮かべる。 「あ、いや、ちゃんと片付けてなかったなーって……」 パナシェとマルルゥはきょとんとしている。しかし彼らの傍にいたアルディラは、口元を手で覆いながら笑いを噛み殺していた。 「そろそろ帰ろっか、パナシェ、マルルゥ」 「え、でもゲームはまだ途中だよ?」 「いいからいいから」 スバルはしたり顔でビー玉を集めて袋に収めると、授業で使っていた黒板を収納箱に片付けた。その様子を見たパナシェも慌ててスバルに倣う。 ばたばたと片付けを済ませると、スバルはわけがわからない様子のパナシェの手をつかむ。 「じゃ、おいらたちもう帰るよ!」 「あ!みんな、忘れ物」 レックスが机に載せてあったビー玉の入った袋を手に取り、スバルに渡す。 「いいの?」 「そのために持ってきたんだよ」 「ありがと、先生!」 喜色満面で礼を言ったスバルは、一転して悪戯っぽい顔を見せ、こっそりと囁く。 「お邪魔ムシは退散するからな」 「こら、スバル!」 赤面するレックスに空いている手を振り、スバルはパナシェとマルルゥを引き連れて駆けて行った。 嵐が去ると、静けさが耳に残る。 彼と一緒に子どもたちを見送ったアルディラへ、レックスはおもむろに声を掛けた。 「えっと、その……今日は、どうしたんだい?」 「あら、私がここに来てはいけない?」 「そんなはずないさ!でも、珍しいなと思って」 ふふ、とアルディラは笑う。 「私が来たからって慌てて片づけなくても構わないのよ?」 「いや、だからこれは……」 後片づけも忘れて遊んでいた恥ずかしさに、レックスがばつの悪い顔をする。 相変わらず子供みたいと呆れられる気がしたのだ。……あながち間違っていない辺り、何とも言えない所である。 彼の心の裡を見透かすように、アルディラが言葉を重ねた。 「いやね、今更そんなことでどうこう言ったりしないわ。貴方らしいとは思うけど」 「つまりは子供っぽい、だろ」 「子供と同じ視線で物を見られるなんて貴重だと思うわよ?」 彼の言動をフォローするアルディラの言葉だが、レックスには却ってその行動の大人げなさを指摘しているように感じられてしまう。 「そうね、ちゃんと言っておくべき事だわね」 そんなレックスの心を察したのだろう。アルディラは笑いを納めると、彼に向き直った。 「純粋な気持ちを忘れない、そんな所も含めて好きになったのよ」 「……この間はずいぶんとからかわれた気がするけど」 「だって貴方ったら、あの時は子どもたちの話ばかりだったじゃない。せっかく二人っきりだったのに」 その声音にどこか拗ねた雰囲気を感じ取り、レックスは赤面してしまう。 「ご、ごめん。あの時はマルルゥが初めて九九を覚えてくれたから、それが嬉しくて、つい」 しどろもどろで弁解する彼に、アルディラはこらえきれない様子で笑い出した。 「貴方って本当に教師が天職だと思うわ」 「そうかな」 「ええ。だけど」 ここでアルディラはしっかりと念を押す。 「私のことを忘れたりしないでね」 「当たり前じゃないか。だって俺は、君の傍にいたくて島に残ったんだから」 即答するレックスへ、アルディラは嬉しそうな微笑みを返した。
──fin
(2005.10.25up) |
03 ロビンの羽根飾り (ロマサガMS・グレミリ&ジャミル&アルベルト&アイシャ) 高原を抜け、日が沈む前に無事港町に辿りついた一行は、それぞれに安堵の息をついた。 人の集まる場所にもそれなりの危険がつきまとうが、常に戦闘の心構えが必要な旅での緊張とは意味合いが随分と異なるのだ。 賑わう町の様子を見ると、旅の疲れも一瞬忘れてしまうものだが、強行軍だった今回は流石に誰もそれだけの元気が出ないらしい。まずは宿を取って各々身体を休める事になった。 しかし、グレイだけは別行動を選んだ。理由は彼の扱う武器である。 彼は既に馴染みとなった鍛冶屋を訪れると、刀を研ぎに出した後、一足遅れて仲間の待つ宿へと戻ってきた。 「待たせたな」 既に宿を取っていた一行に合流すると、グレイは懐から手のひら大の包みを取り出す。 「ミリアム」 「何?」 言いつつ向き直った彼女の手へ、グレイは無造作に先程の包みをのせた。 何かのアイテムだと察したのだろう、ミリアムは包みを開けて中身を取り出す。 それは、鮮やかな色合いの羽根飾りだった。 鳥の羽根を装飾品として加工したものだ。 「わ、キレイだね〜。これ、知力が上がるの?それとも魔法防御がかかってる?」 彼女の問いかけは相手のこれまでの行動からして至極当然だったが、対するグレイの反応は、普段より少しばかり鈍かった。 「いや……ただの飾りだ」 「え?」 一瞬の空白。 羽根飾りを手に小首をかしげるミリアムの隣で、興味津々といった体のジャミルが彼女の手元を覗き込んでいる。 グレイは淡々と事の顛末について説明を始めた。 「先客の用件が済むのを待つ間、隣の細工師の露店を見ていた。お前の帽子に似合いそうだと思っていたら、まけてくれたんだ。露店の主は鍛冶屋の店主の身内だとかでな、贔屓にしてもらっている礼だと」 ミリアムがやや驚いた表情のまま、手のひらの羽根飾りに視線を落とす。 そして。 彼女はこの上なく嬉しそうな笑顔を浮かべた。 「ありがと、グレイ!」 早速、ミリアムは被っていた帽子に羽根を飾ってみせる。 単体では鮮やかすぎるように見えた羽根飾りだが、彼女の帽子に合わせると綺麗に色彩が溶け込んでいる。個性が上手く混じり合ったという事だろう。 「わぁ、とっても綺麗!」 「お似合いですね」 「ふふ、ありがと」 楽しそうなアイシャと控えめに誉めるアルベルトへ、帽子を被り直したミリアムは幸せそうな笑みを返す。 「しっかしグレイが仲間にプレゼントとはねぇ、雨でも降るか?」 「降るかどうかはわからんが、月ははっきり見えているな」 ジャミルとグレイのちぐはぐなやりとりに、アイシャはきょとんとしていたが、アルベルトはこっそりと笑いを噛み殺したのである。
──fin
(2005.09.08up) |
04 瓶詰少女 (サモナイ3・フレイズ&ファリエル) 二者択一を迫られた時、迷わず彼は召喚主である少女を助けることを決意した。 肉体を失い、魂が島の呪縛に囚われると知っていて、見過ごすことなど出来ようか。 自身の天使としての資格の消失など問題ではなかった。 ただ、彼女に。生きていて欲しいと、切実に願ってしまったのだ。 霊体として、不完全な形でこの世に生を繋ぎ留める結果になろうとも。 ──果たしてその選択は正しかったのか。 ファルゼンと名を偽り、狭間の領域の護人として役目を全うするファリエルは、自分以外の誰にも、正体を明かすことができない。 狭間の領域の護人になりたいと望んだのは彼女だが、この霊界集落で生きる事を前提にした選択肢が少なかったのも事実である。 そして、唯一秘密を共有する者は、今の状況を作り出す元凶だったのだ。 ファリエルは心優しい。 その高貴な魂の輝きも、生前と変わらない。 むしろ、その輝きは増しているようにすら感じられる。 強く在らねばならないと、決意を新たにしたせいだろうか。 「フレイズ。私、貴方に感謝しているのよ」 これまでどうしても本人に質せなかった問いを、ファリエルはあっさりと否定した。 ファルゼンではない、ファリエルを島の皆が受け入れられると確信した時に、フレイズは初めて彼女に問うたのだ。 ――自然の摂理を歪めてまで、その魂をこの世に留めてしまった事を、恨んではいないのか、と。 しかし、ファリエルは笑って否定した。 「本来死んでいたはずの私に、もう一度生きる機会を与えてくれた貴方に感謝こそすれ、恨むなんて有り得ないわ」 「ファリエル様……」 「無色の召喚師だった私が知り得なかった世界の扉を、貴方は開いてくれたのよ。兄さんが愛したこの島を守って生きる事ができたんだもの。今までも、そして、これからも」 月明かりが微笑むファリエルの顔を静かに照らす。 マナを消耗する時間を除いて、ここでの彼女は鎧姿を必要としないのだ。 「だから、これからもよろしくね、フレイズ」 穏やかに言う彼女へ、フレイズは自然と一礼を返す。 「こちらこそ、どうぞよろしくお願い致します。ファリエル様」 生真面目な天使の返礼に、ファリエルは声に出して小さく笑った。
──fin
(2005.09.04up) |
05 刻檻(ときおり) (ロマサガMSグレミリ+アルドラ) 煉獄から戻ったダークは、英雄ミルザを一途に慕った魔導師アルドラとしての記憶を甦らせた。 此岸は既に1000年の時を経ていたが、今の彼女の願いはただひとつ、サルーインの復活阻止である。 ミルザの意志を継ぎ、彼の辿った道を歩むために。 「やっぱり、納得いかないよ」 パブのテーブルに両肘をつき、組んだ両手に顎(おとがい)を乗せ、ミリアムは不服そうな声を出す。 「何がだ」 彼女と向き合う形で椅子に座ったグレイが短く訊き返した。 「だから、アルドラが邪魔者扱いされた事」 ジンに口を付けた彼は、閉じていた瞼を開いて相手を見やる。 ミリアムは半分に減ったマティーニのグラスに視線を注いでいた。 「必死の思いで術を覚えて、使いこなせるまでになったのは、ミルザがいたからだよ。正直、あたいはあんなに力を秘めた術師がいるなんて想像もしなかった」 魔術の才能はないと否定されたにも関わらず、あれほど強大な魔力を備えた術師になりえた娘。 全ては、ただ一人の想い人のために。 煉獄で見つけた彼女の唯一無二の宝は、別れの間際にミルザから手渡された指輪だった。 それを手渡された時のアルドラの表情……。 愛おしげに触れた指輪を元在った所に填める仕種が、ひどく悲しげなものに感じられたのだ。 「アルドラの願いはたったひとつ、ミルザと共に在ることだけだったのにさ」 「ミルザは彼女の身を案じたんだろう」 グレイの発言は、ありきたりだが一番可能性の強いものである。 サルーインとの戦いに望むにあたり、ミルザはアルドラに幸せに生きて欲しいと願ったのだろう。 死を覚悟した彼に殉じることなく、彼女にはその人生を全うして欲しい、と。 だが……。 不意にミリアムは顔を上げると、マティーニを一気に飲み干した。 そうして、彼女はバーテンダーに新たな飲み物をオーダーする。……ちなみに、本日四度目だ。 「マティーニ追加」 「飲み過ぎだぞ」 「平気だよ、これぐらい」 座った目でグレイに言い切ると、ミリアムは黙りこくった。 一度は注意を促したものの、グレイはそれ以上制止しない。 カウンターから出てきたバーテンが、新たなマティーニをミリアムの前に差し出すと、再び元居た場所へ戻った。 ここでようやくミリアムは口を開く。 「……好きになったら、どこまでもついていきたいって思うよ」 それだけの力は持っていたのだから。ミルザと共に在りたいと願った故に、全てを擲って彼女が得た力は、それほどに強大だった。 グレイはジンのグラスを揺らしながら、詩人の語りで知った当時の出来事を想像する。 「確かにな。あるいは他の仲間との摩擦が問題だったか」 これも有り得る話だった。現に、アルドラと共に残留を求められた初代オイゲンは、彼女と同列に扱われたことに激怒したとも語られていたのだ。 「育ちの悪さで嫌われたなんてひどいじゃん。他の仲間がどれだけエラかったか知らないけどさ。……あたいは嫌だな」 ぽつりと呟くミリアムの表情は、いつになく沈んだものだった。 アルドラと自身の類似点から、彼女に自分を重ねて見ているのかもしれない。 当時の経緯は知る由もない。アルドラはこれ以上過去を語るつもりはないらしく、今はただサルーインの復活を阻止する事だけを望んでいるのだから。 ミルザの選択の善し悪しを問うつもりもない。全ては過去の出来事だ。 ――そして、何よりも。 「ミリアム」 その名を呼ぶ声に、彼女が顔を上げる。 「ミルザはミルザだ。俺はお前を一人残して行くつもりはない」 憂いを帯びていたミリアムの瞳が見開かれた。 「……グレイ」 自然と彼の名を口に乗せたものの、後が続かない。 だが、グレイはこれまでと変わらないペースで酒を飲んでいる。 彼を見つめるミリアムの表情が明るくなった。 やがて、ひとつ頷いてみせる。 「そっか。そうだよね」 「第一お前のような危なっかしい人間を一人にしておくわけにもいくまい」 「どーゆー意味さ?」 「言葉通りだ」 あのねぇ、と文句を返すミリアムに、グレイは軽く肩を竦めてみせる。 先程の元気のなさはどこへやら、小気味良く軽口を叩く彼女は、もう普段通りだった。 ――傍にいなければ守れない。何より彼女は、必要不可欠な相棒なのだから。
──fin
(2005.09.30up) |