06 空に放った手紙 (ロマサガMS・アルアイ) 夜の帳が降りた森の中、焚き火を囲んで眠る仲間達を見守りつつ、アルベルトは周囲への警戒を続けていた。 野宿の際、夜の見張りは三交代と決められている。 まずグレイ、継いでジャミル、そしてアルベルトは朝方に掛けてを担当していた。 イスマス城ではよく寝坊をしていたものだったが、長い旅を続けるうちにアルベルトは自分が朝に強いらしいと気づいたのである。夜更かしした翌日よりも、未明から行動する方が身体が楽だった。 グレイやジャミルは夜型なので、三交代の見張りは互いに好都合だったのだ。 あと一刻もすれば東の空が白み始めるだろう。 アルベルトの耳が、微かな異音を捉えた。 しかしすぐにその正体を悟った彼は、優しい声音でそっと尋ねる。 「眠れないのかい、アイシャ?」 名を呼ばれた少女が目を開く。そして、隣に座る相手を見上げ、ゆっくり身を起こした。 「うん……」 アイシャは焚き火に近づいて腰を下ろすと、膝を引き寄せた。 下ろし髪のせいか、彼女は普段よりもひどく静かに見える。 何と声を掛けようか迷うアルベルトに、アイシャがぽつりと言葉を漏らした。 「アル、お願いがあるの」 「何だい?」 躊躇いがちな彼女へ、なるべく明るい調子でアルベルトは聞き返す。 「文字を教えてくれない?」 予想外の頼み事に彼の返答は少しばかり遅れた。 「……ローザリアの文字、だよね?」 しかしタラール族は独自の文化を持つという。文字もその例外ではない。 もっとも、見識を広めるならば読書は必須だろう。マルディアスで広く使われる文字を覚えなければ、書物を読むことは出来ない。 念のために確認すると、アイシャはひとつ頷いた。 「手紙を、書きたいの。おじいちゃんに」 消失したタラール族の安否は未だ不明である。手がかりが全く残されていないのだ。 元来外界との接触を好まない一族であり、独特の文化には謎も多い。 「だけど、タラール族には独特の文字があるんじゃないのかい?」 「私、タラール文字の読み書きが出来ないの。まだ教わってなくて……だけど、おじいちゃんはローザリアの文字で読み書きも出来るから」 アイシャの祖父はタラールの族長だったと聞いたことがある。 外界との接触を持たねばならない族長には、必要な知識なのだろう。 「私が元気にしてること、伝える方法があるかもしれないでしょ?だから、文字を覚えたいの」 アイシャは少し寂しげに微笑んだ。その表情にアルベルトは胸をつかれる。 普段元気一杯のアイシャを見ると心が和むだけに、やるせないのだ。 しかし、アルベルトはそんな心の内を隠して、ただ尋ねた。 「でも、どうして私に?」 アイシャが姉のように慕うミリアムも、読み書きは出来るはずである。 「ミリアムは知識が偏ってるんだって。色んな事を万遍なく教わりたいなら、アルベルトが一番だよって言ってたの」 「ああ、成程……」 ミリアムは術師なのだ。当然彼女の知識はそちら関係が豊富である。実践では頼りになるが、読み書きの指導には向いていないのだろう。 確かに仲間内では、アルベルトが一番教師役に相応しく思えた。 「そうだね、君の将来のためにも必要だと思う。私で良かったら教えるよ」 「ありがとう、アル!」 手紙を書いたとしても、読み手が見つかるのだろうか。 文字を覚え、文章を綴ることが出来るようになったとして、アイシャがより一層悲しみに暮れはしないかという不安がアルベルトの頭をもたげる。 だが、彼はすぐにそれを打ち消し、周囲に落ちていた木切れの中から、手頃な長さの棒を拾った。 「じゃあ、手始めに……」 言いつつ、地面にひとつの単語を書いて見せる。 「これが『アイシャ』」 「私の名前ね」 「『ミリアム』、『グレイ』、『ジャミル』……」 声に出しながら、アルベルトは三つの単語を地面に書く。 四つ目の単語を書き終えると、アイシャの方から尋ねてきた。 「これが『アルベルト』?」 「そうだよ」 「そっか、これがみんなの名前なんだ……」 アイシャは目を輝かせながら、アルベルトの書いた文字を見つめている。 やがて彼女は、アルベルトの字を手本に綴りの練習を始めた。どうやら、眠気は吹き飛んでしまったらしい。 文字を覚える事は新たな知識の獲得に繋がる。 おそらく、今後の彼女の人生に新たな光をもたらしてくれるだろう。 文字の書き方を注意しながら、アルベルトは思う。 そして、マルディアスの神々に願っていた。 ……いつの日か、アイシャの祖父が孫娘の手紙を読む日が訪れる事を。
──fin
(2005.11.18up) |
07 踏み絵の微笑 (サモナイ3・ナップ&アール) ナップはつい数日前に訪れた断崖を、再び登っていた。 今の同行者はアールだけだ。 身軽なアールはリズミカルに断崖を登っていくが、まだ身長も低く、自慢できるほど力もないナップには一筋縄では行かない道のりである。 だが、彼は黙々と上を目指した。 一足先に頂上へ到達したアールが、ゆっくり進むナップを見下ろしている。 「もうちょっと待ってろ、アール。すぐに行くから……」 足下に注意を払いつつ、ナップは一歩一歩進んでゆく。 そして。 頂上へたどり着いたナップは、目的のものを発見すると、小さく息をついた。 数日前の戦いの現場、その地点に散乱する碧の破片。 ナップは用意した大きな布を広げると、破片――砕けたシャルトスをひとつひとつ、丁寧に拾い集めた。 イスラのキルスレスにシャルトスを砕かれたアティは、悲鳴を上げて泣き叫んだ。 仲間がアティを守り、敵を退ける間、ナップは何も出来なかった。 スカーレルに叱咤されたおかげで、かろうじて取り乱さずにすんだものの、彼女を守る為に何も出来なかったのだ。 アティがイスラを止める手段として殺害を口にした時。 言いしれぬ不安を抱いたあの時、何故止められなかったのか。 あの時のアティの笑顔の意味に、どうして気づけなかったのだろう。 ヤッファやスカーレルは、アティの笑顔の意味を察していたという。 しかし、ナップは素直にアティの笑顔を笑い顔だと信じていたのだ。 そう信じさせていたアティの本当の気持ちには、気づけなかった。 「いてっ」 「ビ!?ビビビ!」 「て……ああ、大丈夫だよ、アール」 集めた破片が指先に小さな傷を作る。少し血が流れたが、大した傷ではない。 最後の破片を拾い上げ、ナップは布に集めたシャルトスの欠片の量を確認する。 そして、崖下を覗き込んだ。 「あれもか……」 シャルトスが砕けた時、散らばった破片は崖下のやや張り出した部分にも落ちていたらしい。 斜面はかなりの勾配を持っている。素手で降りられるかどうか、という所だ。 しかし、躊躇している場合ではなかった。 「アール、ちょっと待っててくれよ」 護衛獣に言い聞かせ、ナップは崖降りに挑んだ。 足場を探しつつ、崖下の張り出した場所に向かって、一歩一歩進んでゆく。 体重を掛ける腕が震え、指先に力が籠もる。 幸い、この辺りは地盤がしっかりしているらしく、こういった経験のないナップにも何とか降りられる事ができそうだった。 ――それが、油断に繋がった。 あと少し、という所で、ナップは足を滑らせたのだ。 「うわ!」 右手の指が岩をつかみ損ね、爪が割れたと直感した。左手一本で体重を支えられる筈もなく、ナップは崖下に滑り落ちる。 船に戻り、錯乱状態のアティを薬で何とか休ませたものの、翌日から、彼女は何の反応も示さなくなった。 ぼんやりと、ベッドに座っている。 子供よりも無邪気に笑い、毎日忙しく駆け回っていた、あの面影はどこにもない。 皆が心配していたが、どうすることもできなかった。 ……シャルトスが砕けたせいだ、と言ったのは誰だったろう。 アティの心を象徴するあの剣が失われ、心が壊れてしまったのではないかと。 ――だったら、砕けたシャルトスを元に戻せばいいのだ。 後頭部に小さな石が当たり、ナップは我に返った。 周囲を見回す。大小の碧の欠片を確認し、自分が目的地に到達したことに気が付いた。 安堵の息を漏らしてシャルトスの破片に手を伸ばした時、強烈な痛みが左足を襲った。 ナップは足の痛みを堪えて身を起こす。 左足の状態を確認したが、足首の腫れ以外に外傷は見られなかった。 捻ったにしては痛みが鋭く、収まる気配がない。 「折ったかな……」 幸い、ここはさほど広くない。 破片が一部に集まっていたこともあり、拾い集める事は難しくなかった。 ハンカチにシャルトスの破片を包み、ポケットに収めると、ナップは先程滑り落ちた岩肌を見上げた。 一番高い位置で待機している筈の、アールの姿がない。 崖から滑り落ちたナップを見、誰かを呼びに行ったのだろうか。 確かに、この足では崖を登るのは難しいだろう。となると、救助を待つしかない。 「……情けねぇな」 ナップはポケットに手を入れ、ハンカチ越しで破片に触れた。 シャルトスを手に戦っていたアティの姿を思い起こす。 そして、数日前、ここに来る前に見た、寂しげな笑顔を。 「先生……」 ナップはしっかりと破片を包んだハンカチを握りしめる。その指先に血が滲んでいたが、強い足の痛みでこちらの感覚はほとんどなかった。 ――絶対に、シャルトスを元に戻してみせるから。だから……。 ナップの耳に、慌てるアールの声がかすかに聞こえてきた。 誰かを連れてきてくれたのだろうか。 崖の上を見上げたナップは、そこに小さな人影を確認した。
──fin
(2005.08.24up) |
08 日傘の下 (ロマサガMS・詩人&グレイ一行) 吟遊詩人の爪弾く楽器の音は、道行く人々の足を止める。 ある時は勇壮な歌を、またある時は可憐な歌を、さまざまな伝説に彩りを添えながら、詩人は物語を紡ぎ出す。 伝承は夢物語。なのにそれらは詩人の手に掛かると、つい先程起こった出来事のように語られるのだ。 「まるで本当に見てきたみたいだね」 ウソの村で詩人の弾き語りに耳を傾けていた女性が、感心した様子で笑った。 淡い金の髪に華やかな印象を持つ、勝ち気そうな娘である。 「うん、とっても不思議。どうしてそんなに詳しい話がわかるの?」 彼女と同席している少女も、大きな瞳に興味を湛え、歌い終わった詩人を見ていた。 こちらは草原の民タラール族の少女である。色彩鮮やかな民族衣装と結い上げられた赤い髪はタラール族の特徴だ。しかし彼らは外界との交流を好まない遊牧民族なので、町でその姿を見ることはまれである。 詩人は二人の女性に顔を向け、穏やかな笑みを口元にはいた。 「伝承は姿を変え形を変えてゆきますが、集めてゆくと自ずとひとつの話に繋がるものなのですよ」 「ふーん、そうなんだ……」 タラールの少女は感嘆とも感心ともつかない様子で、詩人の言葉を聞いている。 「けどさ、シルバーの具体的な話なんかはわからないんだろ?」 椅子の足をきしませながら、別の声が割って入った。 首の後ろで両手を組み、上体を反らせながら問いかける青年へ、詩人はつと視線を向ける。 女性二人の隣のテーブルに陣取っている一人だった。悪戯少年が長じた風情の青年である。傾けた椅子に背を預ける細身の身体は安定しており、斜めに被った帽子が動く様子もない。バランス感覚が優れているのだろう。行儀の悪さはともかくとして。 「さっきの歌はなかなか胸の空く活劇だったけどさ、財宝がどうのって話じゃなかったぜ」 不満そうな青年に、詩人はつい笑みを誘われてしまう。 他に客のいないパブ代わりのテントで、詩人は彼らの求めに応じて伝承の弾き語りを披露していたのだ。 「ええ、残念ながら私が伝え聞いているのは、シルバーがメルビルの皇帝と渡り合い、風のオパールを手に入れたという逸話くらいですね」 「具体的なことがわかっていれば、既にシルバーの宝は人手に渡っているでしょう」 「そりゃまぁ、なぁ……」 同じテーブルの、一見して品の良い少年に的確な所を突かれ、青年は残念そうに口ごもる。 女性陣のテーブルに笑いがさざめいた。と。 「シルバーが存在していた事は事実だ。そして財宝が眠っているという噂を裏付ける証拠もある。それだけで充分だろう」 結論を出したのは、旅慣れた様子の銀の髪を持つ青年だった。隙のない身のこなしから、腕が立つであろう事が見て取れる。 そうして彼は皆の意見を聞きながら、今後の方針を固め始めた。 詩人はこの一行の様子を見守りながら、楽を奏でている。 彼らの会話を妨げぬ、けれども心を落ちつかせる調べだ。 やがて、リーダー格の青年が立ち上がった事で、一行はそれぞれ席を立つと移動を開始した。 「良い音色だった」 言いつつ、彼は詩人のテーブルに心付けを置く。 口々に詩人の腕を誉めながら、四人の若者達はリーダーの後に続いてテントを出て行った。 詩人は演奏の手を休め、彼らの後ろ姿を見送る。 その姿が完全に消えてしまうと、再び彼は楽器を爪弾き始めた。
──fin
(2005.11.18up) |
09 硝子の恋人 (ロマサガMS・ジャンクロ+アルドラ) アルドラの覚醒に立ち会い、詩人の語りでその過去を知り……。 何とも言えない気持ちを抱えたまま、クローディアとジャンは連れだって宿を出ると、町外れへと足を向けていた。 クローディアは散策をしながら思索に耽ることがある。 ジャンも既に慣れたもので、彼女の様子からそれと察すると、思索の邪魔をしないよう、さりげなく行動を共にする。 クローディアが孤独を望む時は距離を置くが、今日はそうでないと判断したのだろう。 常にクローディアの傍を離れない彼なりの配慮だった。 そして、いつしか彼女自身が、ジャンの心遣いに安らぎを覚えていたのである。 歩みを進めながら、クローディアは想像する。 もしも、彼がいなくなってしまったら……と。 アルドラが経験したように、想い人が相手の幸せを望み、敢えて袂を分かってしまったとしたら。 すぐ傍にジャンの気配を感じない、問いかけても答える声がない。 クローディアは微かに身を震わせた。 「冷えますか?クローディアさん」 「……平気。寒いわけではないの」 彼女の異変に目聡く気づくジャンへ応じながら、クローディアの歩みは止まらなかった。 妄想を追い払う。そう、これはあくまで妄想だ。アルドラの感情に重ね合わせた想像なのだから。 不安を拭い去ることの出来ないクローディアの耳に、ジャンの足音が聞こえてくる。 つかず離れず、彼女の身を案じる青年の足音。 クローディアは軽く首を振り、吐息を漏らすように言葉を発した。 「大切な人には安全な所で、ね……。随分勝手な言い草だわ」 「そうでしょうか」 独り言のようだが、そうではない。相手を求めての発言である。 それを察したのだろう、ジャンが言葉を返した。 否定の意味合いが込められたその発言に、クローディアは歩みを止めて彼へと向き直る。 「ジャンはミルザに同意するの?」 彼女の声は無意識のうちに非難の色を帯びていたが、相手は至極当然といった体だった。 「死を覚悟したミルザならば、アルドラの同行を拒否するのは当然でしょう。愛しい相手ならば尚のこと、残って欲しいと願うと思います」 ジャンの瞳に迷いはない。 彼がミルザと同じ立場に立ったなら……。 「じゃ、私があなたを置いていっても諦められる?」 「まさか!そんな筈ありません!!」 即座に強く否定するジャンへ、クローディアは静かに続けた。 「アルドラも、そうだったんじゃないのかしら」 ジャンが息を呑む気配が伝わる。 彼は、ミルザと同じ思考の持ち主なのだろう。 相手を守るためならば、平気で危険に身を晒す。 だが、守られる人間の気持ちを考えたことが、あるのだろうか。 「確かに、大切な人が傷つく様を見るのは怖いわ。だけど、大切に思う相手が自分の知らない所で危険な目に遭うなんて、私には我慢できない」 もしも、クローディアがジャンを残して行くならば、それはおそらく恐怖故だろう。 目の前で彼を喪うかもしれないという恐怖から目を逸らすためだ。 これが、利己的でなくて何だろう。 ミルザにも言い分はあるのかもしれないが、クローディアには彼の選択を肯定することができなかった。 ──肯定したくは、なかったのだ。 ジャンがふと溜息をついた。 クローディアの視線が彼を捉える。募る不安を抑えようと唇を引き結ぶ彼女の視界で、ジャンは苦笑を浮かべていた。 「確かに、そうですね。ただでさえ貴女からは目が離せないんですから」 「……それはどういう意味?」 「え、あの、いいえ!決してそういう意味ではなくてですね、俺はただ、あ……いやその」 しどろもどろになるジャンをクローディアはじっと見つめる。 軽い咳払いと二度の深呼吸で、ジャンは何とか体勢を立て直した。 「俺は、ですね、その……どんな危険な状況になろうとも、絶対に貴女のお側を離れるつもりはありませんよ」 それでも赤面を隠せないジャンの言葉に、クローディアは相好を崩した。 「ありがとう。頼りにしているわね、ジャン」 ジャンが表情を引き締め、頭を下げる。 「一命にかえましても」 「駄目よ、命と引き替えになんてしないで。一緒に生きなくては意味がないわ」 強い口調に、ジャンは驚いた様子で彼女を見返した。 クローディアの瞳は、まっすぐ彼を捉えている。 ――あなたがいなくなるなんて、耐えられないもの。 言葉にしなくとも、想いは通じたのだろう。 ジャンは笑顔を見せ、力強く答えた。 「訂正します。貴女のお側で、共に在ると誓います」 「……約束よ」 「はい」 ジャンの揺るぎない気持ちを受け止め、クローディアはようやく安堵の微笑みを返すことが出来たのである。
──fin
(2005.10.18up) |
10 『さよなら』が始まる (ロマサガMS・ミリアム&クローディア+ジャン+グレイ) 旅の汚れを落とし、のんびり湯につかったミリアムとクローディアは、宿の部屋に戻って一息ついていた。普段なら、そろそろ夕食のお呼びがかかるところである。 今日は随分と町全体が賑わっていた。戸締まりをした窓に近づき、その向こうから届く人々の喧噪に耳を傾けているうちに、ミリアムは遅ればせながら生まれ故郷の町が活気づいている理由に思い至る。 道理でジャミルが今日に限って宿を離れ、南エスタミルに戻るはずだ。 「ミリアム」 名を呼ばれて彼女が振り向く。と、声の主は物憂げな表情を向けていた。 「どうしたのさ、クローディア。沈んでるみたいだけど」 「……あなたに訊きたい事があるの」 「何?」 彼女のこういった様子を見ると、ジャンと何かあったのかと勘繰ってしまう。そして、こういう時のミリアムの勘は、大抵外れないものなのだ。 「もしも、グレイに置いて行かれた場合……あなたなら、どうするかしら」 突然の質問に驚いたが、内容から大体の事は察せられた。 クローディアにいつもの覇気がない。常に凛とした空気を身に纏う彼女がこういった態度を見せるのは、ほぼ間違いなくジャンと何らかのトラブルがあった時だった。 ミリアムはおとがいを人差し指で軽く弾いて、ベッドに腰掛ける。 「つまり戦力外通知を受けたら、って訳?」 「そう……なるのかしら」 「パーティ抜ける理由なら、それしかないじゃん」 やや心許なげなクローディアへ、ミリアムは軽く肩を竦めて見せる。 あらかじめ目的を掲げてパーティを組み解散する場合もあるが、クローディアが尋ねている内容は明らかにこちらと意味が異なるだろう。 行動を共にするならば、いずれ何らかの形で別離が訪れる。 パーティを組む際は、ひとつの冒険を区切りにする事が多い。所謂目的を掲げた、期限付きの場合である。 これまで、ミリアムはグレイの誘いに応じて、幾度か共にこういった冒険をしていた。毎回目的を決めた上での旅である。 しかし、今回は違った。 おとぎ話でしか存在しない筈のデスティニーストーンを手に入れた事を契機に、何かが始まったように感じられたのだ。 世界中で邪神の復活が囁かれている中、冒険を続けながら、グレイはその噂の真偽を確かめようとしている。 長い旅の始まりを予感した時、グレイはミリアムに一言問うたのだ。 ついてくるか、と。 ミリアムに否やのあろう筈がない。結末を見届けるまで、離れる気は毛頭なかった。 故に、冒険の途中で外されるということは、彼女の力不足に他ならない。 「だったら術の特訓だね。あと、他の系統の術を覚えてバリエーションを広げるのもいいかな。……あ、これはいいテかも。財布に余裕があるか後でグレイに確認してみるかな」 「え?」 ミリアムの返答が意外だったらしく、クローディアは虚を突かれた様子だった。 言葉が続かない相手へ、ミリアムは自身の発言に説明を加える。 「あたいの得意分野は術だもん。それが戦力不足って言われたら、鍛えるしかないからね。グレイが冒険をしてる間に、あたいの術が必要だって納得させるだけの腕を上げなきゃ意味ないしさ」 互いに補い合えるからこそ、グレイはミリアムの腕を必要とするのだ。ミリアムの術が彼の望むだけの力を持たなければ、一緒にいる意味はない。 「あたいはグレイについて行きたいから、それに見合う腕を持つようにするだけだよ」 単純明快な話である。 「……そう」 「うん」 「そう、なの」 「だってあたいたちは一緒に冒険がしたくて、パーティを組んでるんだよ。組むなら互いに足りない部分をカバーしていくもんじゃない?」 「…………」 クローディアが沈黙する。 思案する彼女を邪魔しないよう、ミリアムもまた口を閉ざした。 窓の外の喧噪がこれまでよりもはっきり聞こえるようになってきた。祭りが始まったのだろうか。今日は夜が更けてゆくにつれ、賑やかになるのだ。 「ジャンが同行しているのは、護衛の任務のためだわ」 しばらく経ってから、ぽつりとクローディアが呟いた。 「他に優先すべき任務を受ければ、彼はメルビルに戻るはずだもの」 「……ふーん」 「何?」 「あたいは、あのジャンが大人しくメルビルに戻るとは思えないな」 クローディアは意外そうに目を見開く。 ジャンを見ていれば一目瞭然なのだが、クローディアには伝わっていないらしい。いや、むしろ彼女の場合は「立場」がフィルターになって気づけないのだろうか。 そのクローディアの立場──彼女の本来の身分は未だ公にされていない。 だからこそ、メルビル親衛隊としても公的に護衛を置くことが出来ず、公的任務から一時的に外されたジャンが私的に行動を共にするという形をとっているのだ。 ……無論、ジャンが嬉々としてこの任務を受けたのは容易に想像できる。 そのジャンを呼び戻して、わざわざ他の親衛隊員を派遣するなど有り得ない話だった。 立場で考えるならばこういう事だろう。 しかし、それ以前に……。 「もし万一ジャンが断れない任務なら、グレイにクローディアの事を頼んで速攻で片づけて戻ってくるね」 「そう、かしら」 「賭けてみる?」 ミリアムが自信たっぷりに問いかけると、クローディアの表情がようやく和らいだ。 「そうだ。ひとついいこと教えようか?」 言いつつ、ミリアムは窓を指さす。 陽が沈んだというのに、皓々と灯された明かりが室内におぼろげな影を作っていた。 遠くから微かに届く歌声が祭りの始まりを告げている。 その時、扉をノックする音が響いた。 「ジャンです。ちょっとよろしいですか?」 「ええ、どうぞ」 「失礼します」 扉を開けたジャンは、ミリアムの姿を見つけて一瞬躊躇った様子だった。 ノックに応じたのがクローディアだったので、彼女一人だと思っていたのかもしれない。 しかし、ミリアムがウインクしてみせると、意を決してクローディアに話しかけた。 「あの、クローディアさん。今日は町でお祭りがあるらしくて……その、よろしかったら一緒に出かけてみませんか?」 クローディアが目を丸くする。次いで、ミリアムへと視線を送った。 「行っといでよ。あたいはグレイを誘いに行くからさ」 ひらひら手を振ってみせると、クローディアは少し遠慮がちに、ジャンの誘いに頷いた。 途端に嬉しそうな顔を見せたジャンにエスコートされ、彼女は部屋を後にする。 ……気づかぬは本人ばかりなり、ということだろうか。 「さてと」 声を合図に、ミリアムは気分を切り替えた。 部屋の扉を開けて、廊下へ出る。と。 「ミリアム」 名前を呼ばれて振り向くと、お目当ての相手がそこにいた。どうやら向こうも部屋から出てきた所らしい。 ミリアムは満面の笑みを浮かべると、グレイの元へ駆け寄った。
──fin
(2005.11.09up) |