01 真夜中の公演 (TOS・コレット&クラトス) 焚き火を囲んでの食事を終え、見張りのクラトスを除いた全員が眠りに落ちた頃。 コレットはそっと瞼を開き、夜空に広がる星々を眺めた。 あれ以来、夜に眠りが訪れる気配はない。 だが、横になっていれば、万一夜中にロイド達が目を覚ましても、夜通し起きている事に気づかれないだろう。 しばらく星空を眺めていたコレットは、そっと頭を動かすと、ロイドの寝顔を伺ってみた。 規則正しい寝息と共に、ぐっすり眠る彼の姿を目に留め、小さく微笑む。 ──どんな夢を見てるのかな……。 案外、夢も見ることなく熟睡しているのかもしれないけれども。 再び夜空を見上げたコレットの耳に、ノイシュの鳴き声が届いた。 視線を向けた先では、クラトスの傍らで膝を折ったノイシュが、彼に鼻筋を撫でられている。 見知らぬ人には馴れないはずのノイシュだが、共に旅を始めてからはクラトスの隣に座を占める事が多かった。 よほど、クラトスが気に入ったのだろうか。 ロイドの幼馴染みであるジーニアスや自分さえ、普通に接してくれるまでは時間がかかったというのに。 ……クラトスさんが良い人だって、見抜いたのかな? 彼に甘えている様子のノイシュを見やりつつ、コレットは思う。 ──眠れぬ夜が長くてつらいなら、星を数えるといい。 二つ目の封印を解いた夜、彼女の様子を察したクラトスが、そう助言してくれた事を思い出す。 不意に、クラトスがコレットへ視線を向けてきた。 コレットは慌てて彼らから目を離し、再び空を見上げる。 互いに目覚めていると理解しているのだが、言葉を交わす事はない。 寝ずの番をしているクラトスの気を散らさせたくはなかったし、何より話し声でロイド達が目を覚ましてしまえば、元も子もない。 我知らず、コレットはそっと溜息をついた。 ……と。 視界の片隅で、星が流れた。 「あ……」 コレットは反射的に身を起こしたが、流れ星は既にその姿を消してしまっていた。 目を凝らして空を見たが、軌跡も残っていない。 星が流れる直前の位置を探したが、よくわからなかった。 一瞬の出来事だったせいか、流れ星を見たというより見逃したように感じられ、ひどく残念な気持ちを抱いてしまう。 毛布を引き寄せ、再び横になろうとしたコレットへ、低い声が掛けられた。 「もう少し、空を見上げているといい」 驚いて振り向く少女の目に、夜空を見上げる男の姿が映る。 コレットも顔を上げて、星空を見た。 「あ……!」 星が流れた。 ひとつ。 ふたつ、みっつ。よっつ、いつつ、むっつ……。 見る間に流れ星の数が増える。 コレットは驚きのあまり声を上げるのも忘れてしまった。 「流星群だ。珍しいな」 クラトスの声に我に返ったコレットは、弾んだ声と共に振り返る。 「綺麗……ロイド、流れ星が」 呼びかけは、途中でかき消えた。 コレットの視線の先で、ロイドは熟睡している。 ロイドは普段から眠りが深い。こういう場合、ちょっとやそっとでは目覚めないだろう。 押し黙った少女へ、クラトスが声を掛ける。 「起こさないのか?」 コレットは反射的に笑顔をみせた。 「はい。ぐっすり眠ってるのに、邪魔しちゃ悪いから……」 「そうか」 短く応じると、クラトスは口を閉ざした。 コレットはロイドにそっと微笑みかけ、再び夜空を見上げる。 そうして、こっそりと感嘆の声を上げた。 一度に見られる流れる星の数は、三つから五つほどである。しかし一つが消える頃に新たな星が流れるので、絶え間がない。 明日、流星群を見たと言えば、ロイドはずるいとむくれてしまうだろうか。 ……でも、その後で。 きっと、心配するだろう。ちゃんと眠ったのか、と。 ──だから、これは秘密。 天使になるまで、私の胸にしまっておくの。 ──ごめんね、ロイド。
──fin
(2006.01.19up) |
02 落ち終った砂時計 (TOS・ロイド&ノイシュ) (シルヴァラント救いの塔ネタバレ) サイバックで捕らえられたリフィルとジーニアスを救出したロイド達は、その足でレアバードを回収すべくフウジ山へ向かった。 距離から考えると途中のメルトキオで宿を取るべきだが、ゼロスを含めた全員がお尋ね者となってはそれもできない相談だ。 出来うる限り急いだものの、結局、フウジ山の麓で日没を迎えてしまった一行は、山道口で野宿をすることとなったのである。 寝付けそうになかったロイドが夜の見張りをする事となり、食事を終えた皆がそれぞれ眠りにつくと、辺りは静まり返った。 たき火のはぜる音が耳に残る。 ぼんやりと焚き火を見つめていたロイドは、冷たい風に身をすくませた。 シルヴァラントに比べて温暖な気候のテセアラだが、それでも夜は冷える。 「っと!」 ロイドは慌てて荷袋から毛布を出すと、隣に座っているコレットを毛布でくるむように包み込んだ。 しかし、表情を失ったままの少女は全く反応を示さない。 わかっていても、そうせずにはいられなかった。 「……絶対に、元に戻してみせるからな」 呟く声に応えはない。 無表情のコレットに普段の明るい笑顔が重なって見え、ロイドは心に疼くような痛みを感じた。 「くぅん」 突然背後から頭を小突かれ、ロイドは振り返る。 ノイシュだった。幼い頃からロイドと共に暮らしてきたノイシュもまた、彼らと共にテセアラへやってきたのである。些か強引な方法であったが。 ロイドは右手を伸ばした。 「心配かけてごめんな、ノイシュ」 気持ちよさげに目を細めるノイシュをなでつつ、ロイドはふと眉をしかめる。 少年の不機嫌を察したのか、ノイシュが物問いたげな瞳を向けてきた。 「おまえ、なんであんな奴になついてたんだよ」 ノイシュが小首を傾げた。しかし長い付き合いなのだ。ロイドの言葉は理解しているはずである。 「あいつはずっと俺たちを見張ってたんだろ。……敵だったのに、なんで」 くーん、とノイシュは鼻を鳴らす。 ――やり直す、か。やり直せるのならば、そうすればいい。 ハイマでのクラトスの言葉が蘇った。 あれはコレットの天使化を意味していたのだろう。 世界再生の旅を続ける自分たちの愚かさを、内心嘲笑いながら。 ロイドは空いている左手で拳を作った。 「畜生……」 悔しさに声が震える。 ――我が教え忘れずに、仲間と自分を守れよ。 ロイドは目を見開いた。 あれは、ハイマで最後の剣術指南を受けた後だった。 師と呼ばれたクラトスが、弟子と認めたロイドに向けた言葉。 「くーん」 ノイシュがロイドに顔を近づけ、頭を傾けた。彼の様子を気遣うように。 その声に応じるように顔を上げたロイドだが、しかし意識は別の所にあった。 「……なんで、クラトスは俺を鍛えたんだ?」 強くなりたいと思った。 剣を扱うロイドにとって、腕を鍛えるならば、卓越した剣術を身につけていたクラトスに師事するのが最も近道だったのだ。 旅を始めたばかりの頃は身を守るだけで精一杯だった。仲間を庇う余裕などあるはずもない。それが今こうして足手まといになる事もなく、仲間と協力して戦いをくぐり抜けて来られたのは、クラトスの剣術指南に寄る所が大きい。 認めるのは悔しいが、事実である。 クラトスにしてみれば、ロイドが多少力を付けたところで障害にはなりえない、という目算があったのだろうか。 事実、ロイドはそれなりに力を付けたとはいえ、あの時のクラトスに対しては全く歯が立たなかったのだ。 むしろその考え方ならば納得できる。 ――おまえは後悔するな……。 ロイドは軽く頭を振った。 クラトスは自分たちを裏切った。それは曲げようのない事実なのだ。 今、優先するべきは……。 ロイドは隣に座る少女を振り向いた。 澄んだ瞳には感情の片鱗すら見えない。 ただ、彼女を見つめる少年の悲しげな表情だけが映っている。 いつも笑顔を浮かべていたコレット。 シルヴァラントを救うために全てを擲とうとした少女の瞳は、何の感情も映さない。 「……必ず、元に戻してみせる。だからもう少しだけ待っててくれ、コレット」 返る声はない。ただ周囲の静けさが耳に付くだけだ。 ロイドはコレットから視線を外して、そっと膝を抱えた。 俯く少年へ寄り添う大きな影。 静寂の中、微かに響く火のはぜる音を聞きながら、ロイドはじっと夜明けを待った。
──fin
(2006.02.13up) |
03 入れっぱなしのラブレター (サモナイ3・ミスミ&アルディラ) ミスミは行李の奥に仕舞い込んでいた書簡を、久方ぶりに手に取った。 広げられた中に綴られているのは、雄々しく伸びやかな手跡。 手跡は書き手の性格をそのまま映し出すという。実際、この書簡の差出人は豪快な人物だった。 ミスミは懐かしさと共にその手跡の主を思い起こす。 誰よりも強く、懐の深い、郷人の皆に愛された男。 そして、ミスミが生涯を共に生きてゆくと誓った相手である。 書簡に目を通していた彼女の耳に、客人の報せが届いた。 ミスミの顔に笑顔が浮かぶ。 ほどなくして、彼女の前に一人の女性が姿を見せた。 「こんにちは。お邪魔して構わないかしら?」 部屋の主が書簡を手にしていた事に気づき、アルディラが問いかける。 ミスミは微笑みを返すと、畳んだ書簡を文机に置いた。 「無論じゃ。よう来たの」 「お言葉に甘えてね」 滅多に自身の治める集落を離れなかったアルディラだが、最近はミスミの招きに応じて風雷の郷を訪れる機会も増えている。 また時折、狭間の領域へ顔を見せているとも聞く。 こちらには義妹のファリエルがおり、霊体の彼女はマナの満ちる狭間の領域に身を置く事で自身のマナの消費を抑えられるため、二人が会う折は専らアルディラが出向く形となっていた。 元来、アルディラは外出を拒む性格ではなかったが、集落ごとの交流が絶えていた頃は中央管理施設を出ることもほとんど無かったと聞く。 こうして彼女が積極的に他集落と交流を深めるようになったのも、レックスの存在あればこそなのだろう。 挨拶を交わす間に運ばれてきた茶を勧め、互いの近況を話しあった所で、二人の間に短い沈黙が降りた。 ミスミの前に端座したアルディラの視線が、文机の書簡に向けられる。 もの問いたげな様子を察し、ミスミもまた書簡を見やった。その瞳は穏やかな色をたたえている。 「昔の恋文じゃ」 あら、とアルディラは身を乗り出した。 「リクトがそんな手紙を書いていたの?」 「ほほ。意外かの」 「正直なところ、意外だわ。リクトの性格なら告白は直接以外考えられないもの」 驚きを隠せない様子のアルディラへ、ミスミは袖で口元を隠して悪戯っぽく笑う。 「無論、求婚の言葉は良人の口からしかといただいておる。これは夫婦になってから書いて下さったもの故な」 一瞬の沈黙の後、アルディラは小さく息をついて肩をすくめた。 「でしょうね。あのリクトが手紙で告白なんて天地が逆転しても有り得ないもの。そもそも手紙を書く事が得意だったようにも見えなかったし……」 「そうじゃな、余程の事がなければ書簡など書かれなかった。それゆえ、これだけしか残っておらぬ」 行李の中には他にも何通かの書簡が残っている。だが、それで全てだ。 ミスミの表情を寂しさが過ぎったが、しかしアルディラが案じるより先に、それは払拭された。 「長らく仕舞い込んでおったが、お主らを見ているうちに懐かしゅうなってな」 穏やかに微笑むミスミに、アルディラもまた小さな笑みを返す。 「……私も、あの頃のディスクを見るのがつらかったわ。映像を見返す事が出来るようになったのは、彼のおかげね」 静かに話すアルディラを見ていると、彼女の今の幸せが伝わってくるようだった。 同時に、ラトリクスを統べ、クノンと共にひっそり暮らしていたかつてのアルディラの姿が、随分昔の出来事のように思われる。 穏やかな表情と柔らかな笑みに彩られるアルディラと、彼女を変えたレックスの仲睦まじい様子を見るうちに、ミスミはふと、今は亡き良人の形見を改めて収めておこうと思い立ったのである。 そうして出てきたのが、昔の書簡だった。 再び目を通すことなどできはしないと思っていたが、いざ書簡を開いてみると、過去の出来事が懐かしく思い出され、時を忘れてしまう程だった。 キュウマに良人の死を告げられ、その事実を受け入れてから、幾度墓前で涙したことだろうか。 気持ちの整理をつけるためには時間が必要だ。 だが、時間だけでは解決しない問題もまた存在する。 それを知った今だからこそ、こうして良人の書簡を懐かしく読み返すことができるようになったのだろう。 スバルが無事元服の儀を済ませた事もまた、ミスミの心に安らぎを与えた。 とはいえ、我が子のやんちゃさは相変わらずで、まだまだ目を離せないのだが。 「ミスミ。ちょっと青空教室へ行ってみない?」 予想外のアルディラの提案に、ミスミは二重の意味で目を丸くした。 彼女の口から外出に誘われた点もさることながら、我が子を想う心の内を見透かされたように感じたのである。 「今なら午後の授業が始まっている頃じゃないかしら。たまには保護者参観もいいと思うわ」 アルディラの言葉は、レックスのそれを思わせた。 ――こうして、人は少しずつ変わってゆくのだろう。 ミスミ自身、あまり集落の外へは出ない性質だが、アルディラの誘いに気が乗った。 「そうじゃな。ひとつ皆を驚かせるとしようか」 我が子の驚く顔を想像しつつ、ミスミは文机の書簡を元の行李に仕舞う。 ほどなく鬼の御殿を出た二人は、連れ立って青空教室へと赴いたのである。
──fin
(2006.03.27up) |
04 花は知っているの (TOS・セレス&トクナガ) その日、セレスはお気に入りの紅茶を淹れ、窓の外をぼんやりと眺めていた。 先程まで読んでいた本は栞を挟んでテーブルの片隅に載せてある。内容が頭に入ってこなくなったため、読書は断念してしまったのだ。 カップに手を伸ばしたセレスは、テーブルに置かれた花瓶に目を留めた。 花の生けられていない花瓶を見つめる少女の瞳が揺れる。 ──期待と不安。 セレスは席を立つと、本棚へ歩み寄った。 背表紙を指でなぞり、厚みのある一冊の本を手に取る。 頁を繰ると、色鮮やかな押し花が現れた。 淡く色づいた青い花。はっきりした色味を残す花。やわらかな紫に染まる小さな花……。 何十頁か毎に、様々な花の姿が蘇る。 最後に開かれた頁に挟まれていた押し花を見つめ、セレスはそっと瞼を伏せた。 ……どのくらいの間、そうしていただろうか。 セレスはふと我に返った様子で顔を上げると、開いていた本を静かに閉じた。 それを元あった場所に収め、椅子に戻る。 テーブルの紅茶がすっかり冷めていたことに気づき、彼女は小さく溜息をつく。 そこへ、ノックの音が響いた。 扉の向こうから少女の名を呼ぶのは、修道院に来る以前から彼女に仕えるトクナガである。 「……どうぞ」 一呼吸置いてから、セレスが応じる。 失礼します、と言いつつ扉を開けたトクナガは、大きな花束を手に抱えていた。 思わず席を立ったセレスの顔が綻んだ。 「メッセージカードが添えられておりますよ」 隠しきれない喜びと安堵を見せる小さな主人へ、トクナガは花束とともに一枚のカードを手渡した。 ――愛しい妹君へ、誕生日おめでとう。 「……お兄様は、本当にお優しいのね」 ぽつりとセレスは呟いた。 「前に会いに来て下さった時だって、すぐに追い返してしまったのに。捨て置かれても当然のわたくしを、心に留め置いて下さって……あの時も」 紫を帯びた淡い桃色の花にそっと手を触れ、セレスは言葉を紡いだ。 「あれほど酷い言葉を投げつけたのに、お見捨てにはならなかったわ。きっともうお顔を見ることはないと覚悟を決めていたのに、何度も訪ねていらっしゃって。……どうして」 震える声を飲み込み、少女は潤んだ瞳を伏せて花束に顔を埋める。 そんな彼女を椅子に掛けさせ、トクナガはテーブルに目をやった。 冷め切った紅茶、閉じられた本、そして生ける花を待つ花瓶……。 「お茶を淹れて参ります、お嬢様」 小さな主人が微かに頷くのを見届け、トクナガは部屋を出て行った。 開け放った窓からそよ風が吹く。 微かに揺れる花々によってそれを感じつつ、セレスはしばらく淡い芳香に身を委ねていた。 緩やかに時間が流れてゆく。 やがて彼女は顔を上げると、花束を包んでいた紙とリボンを丁寧に外し、淡い桃色に彩られた花々を生け始めた。 可憐な色彩に室内が華やぐ。 セレスの表情もまた、和らいだ。 ほどなくして、紅茶を淹れたトクナガが戻ってきた。花瓶用の水差しも用意されている。 「よろしゅうございましたね、お嬢様。お誕生日おめでとうございます」 「ありがとう、トクナガ」 執事の祝いの言葉にセレスはそっと笑みを返した。 そうして、彼女は生けられた花を見つめ、メッセージカードの文字をなぞる。 ――ありがとうございます、お兄様……。
──fin
(2006.03.31up) |
05 小指の約束 (ロマサガMS・ジャンクロ) ――ゆびきりげんまん、うそついたらはりせんぼんの〜ます。 「ねぇ、ジャン。あの子たちは何をしているの?」 メルビルの街並を歩いていたクローディアが、隣のジャンへ不思議そうに尋ねた。 クローディアの視線の先をジャンの瞳が追う。 そこにいたのは、指切りをしていた子どもたち。 ああ、とジャンは頷いた。 「指切りですね」 「ゆびきり?」 聞き慣れぬ言葉を反芻した彼女へ、ジャンは説明を加える。 「小指を絡めて約束をするんです。違えたら針を千本飲まなきゃいけないんですよ」 クローディアは少し目を見開いた。あまり感情の変化を表に出さない彼女にしてみれば、随分と驚いているらしい。 「そうなの?物騒な事をしているのね」 「あ、いえそうではなくて……」 説明を額面通り受け止められた事に気づき、ジャンは焦った。 「これはあくまで喩えの話なんです。そのくらい重い約束を交わすというか……うーん、ちょっと違うような」 つい、指切りで唱える言葉をそのまま話してしまったが、これはあくまで比喩である。 「約束を必ず守るための取り決め、でもなくて。約束を守る固い誓い──いえ、ますます難しくなりますね」 言葉を費やすほどに袋小路にはまりつつある事を実感したため、ジャンは一旦話を止めた。 指切り。子供の頃、自分も何度か友達とした事がある。だが、説明となると……。 ジャンはしばし考え込んだ。いくつか過去の思い出を回想する。 適切な言葉を探しながら顔を上げたジャンは、澄んだ鳶色の瞳に迎えられ、一瞬思考が停止した。 クローディアは彼の顔を見つめたまま、次の言葉を待っている。 彼女の瞳に浮かぶのは、一欠片の疑いも持たない信頼の色。 自分の拙い説明にじっと耳を傾けてくれていたその姿を思い起こし、ジャンは得も言われぬ嬉しさを感じずにはいられなかった。 改めて、視点を変えた説明を試みる。 「約束を破らないおまじないのようなものですね」 クローディアの顔が少し明るくなった。理解する糸口を見つけたのだろう。 相手に伝えやすい言葉が出た事に、ジャンは安堵する。 続いての説明もすんなりと口をついた。 「針千本も喩えのひとつですよ。絶対守ってね、という気持ちの表れではないかと」 クローディアは納得したらしい。 そうして、再び子どもたちを見やった。 しかし、もうそこに人影はない。どこかに行ってしまったのだろう。 少しだけ寂しそうに見えた彼女の前に、ジャンは右手を差し出した。小指以外の指を軽く折ってみせる。 「ジャン?」 「私たちも指切りしましょうか、クローディアさん」 「え……」 思わず彼女は目を丸くした。どうやら完全に意表を突く発言だったらしい。 そんなクローディアへ、ジャンは優しく微笑む。 「何か、約束して欲しいことを言って下さい」 しばしジャンの顔を見つめた後、クローディアがゆっくり手を伸ばした。 二人の小指が絡められる。 「……ずっと、一緒にいてね」 「ええ、もちろんです。これからも、ご一緒させていただきますよ」 ジャンは、既にクローディアへの忠誠を剣に誓っている。一人の騎士として、そしてジャンという一個の人間として。 しかし、彼女が喜ぶのはそういった形式に則った誓いではない。 こうした日常で交わされる、ささやかな約束なのだ。 「指切りげんまん、嘘ついたら針千本のーます」 互いに願いを込めた小さな声が合わさる。 ──約束を破らない、おまじない。 クローディアは指切りした小指を見つめていたが、やがてジャンの顔を見上げ、ふわりと笑った。
──fin
(2006.03.10up) |