辻斬り御用


   1


 夕暮れ時、仕事の報告のためにプロディアスギルドへ向かっていたエルクは、奇妙な感覚に捕われた。
 数日前、仕事を探して街に入った時には感じられなかったものである。
「シュウ」
 エルクが隣を歩く人物の名を呼ぶ。
「ああ、妙な静けさを感じるな」
 周囲に目を配りながら、シュウが言葉少なに応えた。彼も気づいていたらしい。
 具体的に表現しづらいが、あえて言うなら静かすぎる、というところだろうか。
 街の様子を訝しく思いつつ、二人は辿り着いたギルドの扉をくぐった。
 一歩足を踏み入れる。と同時に、ギルド内の雰囲気がどこか緊張をはらんでいる事に気づいた。
 不審に思いながらも、カウンターに近づいたエルクはギルドの主に声をかける。
「よ、オッサン」
「炎使いか。護衛は無事片づいたらしいな。さっき連絡が来たぞ、お疲れさん」
「大して手間もかからなかったぜ。まったく『デス・クラウン』も厄介な奴を副頭目に選ぶよな」
「まぁ、組織内の事はとやかく言えんが…こいつが報酬だ」
 カウンターの上に皮袋が乗せられた。
 それを受け取るべく身を乗り出したエルクは、少し身体をかがめてギルドの主に小声で問いかける。
「サンキュ…なぁ、何かあったのか?」
 ちら、とエルクは奥で何事かを話しているハンター達に目を遣った。
 カウンターの向こうの表情が引き締まる。そして、彼は低い声で呟いた。
「街での噂は知らんのか?」
「しばらくアルディアを離れてたんだよ。そういや人通りが減ったような気がするけど」
「ああ、おまえたちの仕事は昼間の内に片づいたんだったな。それなら知らなくて当然か…」
 ギルドの主は一人ごちると、目線だけをエルクに向けた。
「アルディア橋で辻斬りが起こった」
「…何だって?」
 アルディア橋といえば、つい先程エルクたちが仕事を終えたばかりの場所である。
 今回の仕事はインディゴスまでのある男の護衛だった。彼は山賊『デス・クラウン』の副頭目を名乗る男にからまれた女性を助けたことで、逆に命を狙われたのだ。
 西アルディアでは、二つの組織がアルディア橋を境に縄張りを二分している。それがプロディアスの山賊『デス・クラウン』と、インディゴスの海賊『ダーク・サーペント』だった。インディゴスは『ダーク・サーペント』の縄張りであるため、そちらに入ってしまえば『デス・クラウン』も手出しできない。
 案の定、『デス・クラウン』はアルディア橋で襲いかかってきたのだが、それはシュウとエルクがあっさり返り討ちにした。
 だが、この仕事を請けた時は辻斬りの話など聞いていない。
 説明を求めるエルクに、ギルドの主は事件の概要を語って聞かせた。
 事の起こりは三週間前。夕刻、アルディア橋を通った商人が辻斬りの犠牲になったという。
 一週間後、再び事件が起こった。被害者はハンターで、夕方ある人物の護衛をしてアルディア橋を通り、その帰り道で殺られたのだ。
 五日後、辻斬り退治の依頼を受けたハンターが殺された。腕の立つ男だったそうだが、犯人の返り討ちに遭ったらしい。
 その翌日、またもや事件が起こった。先日殺されたハンターの友人が単独行動に踏み切り、帰らぬ人となったという。
「依頼は出ているのか?」
 それまで無言だったシュウの質問に、ギルドの主は小さく頷いた。
「ただ、一度契約が交わされたからな、契約内容の見直しで手間がかかってるんだ。請けられるのは明日の朝イチになるだろう」
「………」
 エルクが険しい表情を見せる。その瞳に映っていたのは先程受け取ったばかりの皮袋だったが、彼の視線はそれを通り越した何かを見つめていた。

 街を出た二人は、シルバーノア着陸地点へと向かっていた。
 プロディアスには空港が完備しているが、お尋ね者の船であるシルバーノアが空港に降りられるわけもなく、着陸ポイントは人里離れた場所に限られているのだ。
 仕事を無事こなしたというのに、エルクの表情は冴えなかった。
「エルク」
「え?」
 不意に名前を呼ばれたエルクは、一呼吸遅れて応えた。考え事をしていたらしい。
 そんな彼に、シュウは短く問いかけてくる。
「請けるのか?」
「…わかんねぇ。請けるならプロディアスに戻らなきゃならねぇし」
「お前らしくないな」
 エルクは押し黙った。その歩みが止まる。
 シュウもまた足を止め、背後のエルクを振り向いた。
「…オレたちが戻り次第、シルバーノアはアルディアを出るはずだろ。情報収集は終わってるし、仕事は片づいたし」
 相手から視線を逸らすと、エルクはどこか自分に言い聞かせるような口調で呟く。
「エルク。遠慮と気遣いは別だ」
「………」
「我を曲げてまで折れる事は、気遣いにはならん。自分の本心を話すことが出来ない相手を、信頼していると言い切れるか?」
「…けどよ、アークはようやく手がかりを見つけたんだろ。一年かけて敵の尻尾を見つけたってのに…オレだったら、待てねぇよ」
「では尋ねるが」
 淡々としているシュウの声音が、わずかに変わった。
「もしこの後すぐにシルバーノアが旅立ったとして、辻斬りの被害者が増えたら、どうする?」
「………」
「おまえは後悔せずにいられるのか?」
 ぐっ、とエルクの両手に力がこもった。俯いたまま、彼は唇をかみしめる。
「…シュウ、オレ…」
 呟くエルクの肩に、シュウが手を置いた。
 エルクがゆっくり顔を上げる。だが、その瞳にはまだ迷いが見えた。
 以前なら、ためらうこと自体なかっただろう。シュウの制止すら聞かずに飛び出していたはずだ。
 だが。
「おまえがアークを気遣う、その気持ちはわかるつもりだ。確かに心遣いが必要な時もある。だが、おまえにはおまえの矜持があるはずだ。それを故意に傷つける必要はないし、誰にもそうさせる権利はない」
 エルクの視線が下へ落ちる。だが、さほど時間を置かずに、彼は顔を上げた。
「サンキュ、シュウ」
 口元に笑みを浮かべたエルクは、いつもの不敵な表情に戻っていた。そして、きっぱりと言ってのけたのだ。
「オレはこの事件を自分の力で解決したい。アークにもそう話してみるよ」



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