辻斬り御用 7 明けて翌日。 辻斬り犯をギルドに連行したエルクとシュウがシルバーノアへ戻ったのは、陽の昇り切った昼前だった。ギルドでの確認と調書の作成に、思いのほか時間がかかったのである。 二人の帰還と同時に、シルバーノアは出航した。 進路はスメリア。そして、目指すはパレンシアタワーである。 |
犯人を捕えた後、一足先にシルバーノアへ戻ったアークたちに帰還を告げ、礼を述べたエルクは、すぐに部屋──作戦室を出ていった。 昨日の今日である。覇気のなかったエルクの様子に、ポコが少し心配そうな面持ちで、彼の立ち去った部屋の扉を見つめていた。 今この部屋に残っているのはアークとトッシュ、そしてポコの三人だけである。 トッシュは作戦室の奥に据え付けられた机に肘をつき、その腕を支えに首筋を押さえている。やや気怠げな表情だ。 一方のアークは束ねられた書類を一枚一枚捲りながら、その文面に目を落としていた。 「大丈夫かな、エルク」 ポコの声に、トッシュが視線だけを彼に向けた。 「いきなり何だよ」 「だって…あの事件が片づいたのはついさっきだし、エルクが怒るのも無理ないし、でもただギルドに引き渡すしかないなんて、納得できないんじゃない?」 「そりゃ、おまえがだろ」 「…うん。でも、エルクの方がそういう事思ってる気がして…」 それぞれに昨夜の一件を思いだしたのだろう、しんみりとした空気が流れた。 かさり、と紙を擦る音が響く。 「確かにね」 一拍置いてアークが頷く。二人の視線が彼に向けられた。 アークは紙束から顔を上げ、ポコを見やる。 「だけど、エルクは一人前のハンターだろう。ギルドの仕事を受け始めたのは昨日今日のことじゃない。今までにも色々な事件を解決してきたはずだ。この一件に限らず、釈然としない事をたくさん経験してきたんじゃないかな」 「そう…かなぁ……」 不安を拭い去れない少年へ、アークは微笑みかける。 「エルクなら、大丈夫」 強い信頼に裏打ちされた表情で、アークは断言する。 それが好ましく、そして、嬉しい。 「そうだね」 ポコの表情から曇りが晴れた。 安心したらしい少年へ、トッシュが人の悪い笑みを向ける。 「ま、猪突猛進で走り出すと周りが見えねぇ奴だけどな」 「ああ、誰かさんによく似てる」 「……何か言ったか?」 すかさず入った横槍に、トッシュがそちらを軽く睨む。 しかし、彼の視線の先にいた少年は、平然としたものだ。 「トッシュの目は確かだと思っただけだよ」 「ほぉ、うちの勇者様は相変わらず口達者だな」 「この一年でとみに鍛えられたし。でもトッシュにはかなわないと思うな」 さらりと言ってのけるアークと、その言葉に含みを感じたトッシュが、トゲの見え隠れする言葉遊びをはじめる。 こちらも相変わらずのやりとりに、ポコはようやく笑顔を見せた。 |
作戦室を出たエルクは、シルバーノアであてがわれた部屋に向かっていたが、その途中で足を止めた。 廊下の右側の壁には扉が並んでいる。反対側を占める一面の壁は上部をガラス張りにしており、外の景色を眺められるようになっていた。 エルクがそちらに目を向けた時、ちょうどアルディアが少しずつ離れていく様子が見えた。住み慣れた街の滅多に見られない景色に、しばし意識を奪われ、いつしか彼はその場で瞬く間に小さくなってゆくアルディア大陸の姿を眺めていた。 アルディア大陸が見えなくなると、白い霞のようなものが周囲を流れる様子が見えた。雲の中に入ったらしい。 エルクは視線を動かすことなく、窓の外を見つめている。 そこへ、ひとつの気配が近づいた。しかし、足音は聞こえない。音を殺す術に慣れ、まったく足音を立てずに近づく人間など、滅多にいるものではない。 エルクは口を開かず、相手が歩み寄るのを待った。 「どうした?」 深みのある声に尋ねられても、エルクは声の主を見なかった。 「いや、どうってワケじゃねぇんだけど」 まったく説明になっていない言葉で、エルクが応える。 シュウが彼の隣に立った。 「割り切れないか」 エルクの表情がわずかに動く。 隣に立つ少年を見やり、少しだけシュウは嘆息した。 無理もない、と思う。 ハンターの仕事は綺麗事だけで済むものではない。むしろ、事件が起これば否応なく人間の裏の顔、人の持つ二面性を見せつけられることがままあった。 もう三年ほど前になるが、エルクがハンターになりたいと言った時、シュウは即答しなかったのだ。 エルクにとっては意外だったろう。特に、それまでは他人に迷惑をかけないという一線を踏まえた上で、シュウは彼に行動の制限を設けなかったのだ。ましてや養い親でもあるシュウと同じ仕事に就きたいと言った所で、反対されるとは夢にも思っていなかったようだった。 だが、エルクはシュウを説き伏せ、ハンターとなった。 そして、実力をつけ、着実に成果を上げてゆき、今では『炎使い』とあだなされるほどの腕を身に付けたのである。 しかし、ハンターの職についている以上、どこかで必ずこういう事件を経験する。 ハンターの仕事に私情は禁物だ。 だが、それも時と場合によるだろう。ハンターの経歴がエルクよりも長い分、色々な事件を見てきた上で、シュウはそう思う。 何より、ハンターも人間だ。人間である以上、迷いもすれば苦しみもする。それは当然のことだろう。 だからといって、その思いを打ち消す事はないのである。 感情を失う必要はないのだから。 「オレさ」 エルクの声に、シュウは我に返った。 傍らの少年は、視線を窓の外に向けたままである。 シュウは次の言葉を待った。 エルクが軽く息をつく。 「ハンターになって、良かったよ」 シュウの表情に驚きの色が滲む。 エルクは肩をすくめると、シュウに顔を向けた。どこかすっきりした面持ちである。 「ハンターじゃなかったら、この事件に関わることができなかったと思うし。自分の手でカタがつけられたんだ。だから、良かったって思ってる」 その表情が、何より彼の言葉が心からの本音であることをあらわしていた。 人の成長する様子は、なかなか表にあらわれるものではない。ましてや、精神的なものは特にそうだろう。 そして、傍目には成長がはっきり映ったとしても、当人には分からないものだ。 進むべき道を選択し、仕事をこなしてゆくにつれ、エルクは確実に成長している。 それが、彼に最も近い場所にいるシュウには誰よりも理解できた。 「…そうか」 「ああ」 エルクを見守るシュウの口元は、わずかに綻んでいた。 微かに笑みを見せる青年は、ハンターを目指したエルクの目標であり、尊敬する人物でもある。 この男の立つ場所へ手が届くまで……否、同じ位置に立つまでには、どれほどの時間がかかるのだろうか。 それでも、決して迷いはない。 進むべき道は、既に彼の中に存在するのだから。 エルクは清々しい表情で、眼下に広がる青空を見つめていた。
──fin
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