ミリィはどんどん走っていきました。野原まで来ると、日本刀を抱え込んだ犬が、
座っていました。
「あのぉ、のらいぬさん、恐いものがここを通りませんでしたか?」
 ミリィは言いました。すると犬は横を向きました。
「確かに通った。通ったが、教えてやるわけにはいかぬ。それがしは野良犬では
ござらぬ」
「ごっ、ごめんなさいっ! ほんとうに、ごめんなさいっ! お願いですから、教え
てください。それは誰で、どっちへ行ったんですかっ?」
「その目玉焼きをくれたら、教えてやっても良い」
 言われてみて、ミリィはびっくりしました。手には、目玉焼きやハムの乗ったお皿
を、ちゃんと持っていたからです。
 犬は目玉焼きを食べ終わると、ため息をついて言いました。
「ふむ。なかなかうまかった。それでは教えてせんじよう。影法師のように通り過ぎ
たナイブズ殿は…」
「そぉです。ナイブズさんです。どっちへ行ったんですか?」
「森の方へ、黒い風のように駆けていったでござる」
 犬の言葉を聞き終えると、ミリィはお礼を言って森の中へ駆け込みました。
 この辺にはジオプラントはなかったはずなのに、という考えが頭をよぎりましたが、
とにかく走り続けました。走って走って、胸が張り裂けそうになったとき、道が二つ
に分かれているところへ出ました。
「どぉしよお…どっちへ行けばいいんでしょうか…」
 ミリィは、ハアハアいいながら、あちらの道を眺め、こちらの道を眺めました。
 すると、がさがさ音がして、黒くてつばの広い帽子をかぶった片目のヤギが、草
の間から顔を出しました。
「おや、どこへ行くの? スリッパなんかはいてさ」
 気が付くとミリィは、スリッパをはいたままでした。何しろ台所から、飛び出した
ままだったのです。
「ヤギさん、教えてください。ナイブズさん、ここを通りませんでしたか?」
「ええ。彼ならここを通ったわ」
 ヤギは言いました。
「どっちの道を行ったんですか? 教えてくださいっ」
「ナイブズを追いかけるですって? やめておきなさい。影を取られたら三日のうち
に死んでしまうわ」
「ヴァッシュさんが影を取られちゃったんです! 教えてくださいっ。どっちの方へ
行ったのか…」
「教えても良いけどね… だけどそのまえに、その皿にのっているキャベツ、くれ
ないかしら? 塩、あるでしょう? あなたのエプロンのポケットに。それを振りか
けてね」
 ミリィが驚いてポケットに手をやると、かつんとビン同士がぶつかる音がしました。
のぞき込むと、なぜか牛乳と塩のビンが仲良くポケットに収まっています。
 ヤギは塩を掛けたキャベツを、もぐもぐ食べました。
「ああ、久しぶりだわ、キャベツは。さて、ナイブズは山の方へ行ったわ」
 ヤギにお礼を言うと、ミリィは細い山道を走っていきました。そのうちにスリッパは、
どこかへとんでしまいました。ミリィははだしのまま、走って、走って、胸がはりさけ
そうになったとき、また道が三つに分かれているところへ出ました。
「チョー困りましたぁ…今度は道が三つに分かれていますぅ。どの道行ったら、いい
んでしょう…」
 ミリィは言いました。でも、あたりはしんとしています。ただ、木の葉がざわざわと
風に揺れているばかりでした。
「誰か教えてくださいぃ、ナイブズさんのいるところは、どこですか…」
 ミリィは涙声で言いました。すると、木の上でばさばさと音がしました。
「教えてやってもかまわないが、何かお礼にくれるのかな」
 ミリィが上を見上げると、それはフクロウでした。
「あげます。このお皿のハムをお礼にあげるから、教えてくださいっ」
 ミリィは叫びました。
「ほぉ。それでは僕のところまで、ハムを運んでくれないかい。僕は昼間は動けない
んだ」
 そこでミリィは落ちないように気をつけながら、やっと木をよじ登り、フクロウの前
にお皿を差し出しました。フクロウは鋭いくちばしで、ハムを一口に飲み込むと言い
ました。
「空っぽになったお皿を転がしてごらん。転がった方へ行けば、あの方の元へたどり
着けるはずだ」
「ありがとうございます、フクロウさん」
 愛おしげに左の翼をなでるフクロウにお礼を言うと、ミリィは木からすべりおりまし
た。
 三本に分かれた道をにらみつけると、ミリィはお皿を転がしました。一番右の道に
転がすと、お皿はぱたん、と倒れました。
 次に、真ん中の道を転がしました。お皿はまた、ぱたん、と倒れました。
 ミリィは最後に、左の道へお皿を転がしました。するとお皿はどこまでもどこまでも
転げていきました。ミリィはその後を、どんどん、どんどん、走っていきました。



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