Side ARC トッシュの闘気を敏感に察知した相手は、やおら懐から短刀を取り出した。 「俺と戦おうってのかい?」 ゆっくりとトッシュが男にたずねる。柄に添えられた手はそのままで。 「その人物を知るには、真剣を交えるのが一番いいだろう?」 「なるほど。ちがいねぇな」 一呼吸おいて、トッシュの持つ名刀『紅蓮』が解き放たれた。ぴいん、という刀自身の持つ張りつめた空気が相手を威圧する。 「死ぬ気でこい」 静寂のあとに月に反射した刀が銀の輝きを携えて閃く。 2、3度打ち合った後、両者の刀ががちんと組み合った。 鍔迫り合いの中、お互いが相手の視線を絡ませる。 そのときふと、相手の刀にトッシュの目が奪われた。 見覚えのある紋所。それは、トッシュの義理の親、紋次の刀に彫り込まれたものと同じものであった。 「…あんたは」 トッシュの刀に込められた力がふいに抜けるのを感知し、男はすっと短刀を下げた。 同じくトッシュも愛刀を鞘に収める。 「オヤジの知り合いか?」 「以前に少しな。やれやれ、血気早い男だとは聞いていたが噂どおりだな」 「…ほっとけ」 トッシュははじめて落ちついて相手の風体を眺めた。年齢はあまり若くはない。深く帽子を被り、格子のベストに少し泥で汚れたズボンを身につけている。そして、気づく。ごつごつと節くれだった手。技師の持つ特有のそれである。 「飛空戦艦が故障したんだってな」 「あんたが修理してくれるのか?」 「詳しくは見ないことにはわからんがな」 大きく安堵のため息をつき、トッシュは道端の樽にどかりと腰を下ろした。 「助かったぜ。なにぶん昼間はあまり顔を外に出せないもんでな」 「大きなヤツを相手に逃げまくってるんだってな」 「逃げてるってのは聞こえが悪いな。アキレス腱を探してる最中と言ってくれねぇか」 技師の男はにやりと笑い、こう言った。 「そっちの方もなんとかしてやれそうだぜ」 |
チョンガラは先刻直ったばかりの無線に耳を傾けていた。 祖国の古くからの友人に「飛空挺技師を調達して欲しい」と連絡したのが3時間前。 それからたまに休憩をとりながら、眠る暇も惜しんで修理を続けている。 その働きもあってか、艦内は以前のほとんどの機能を復活させた。ただ、エンジンを残しては。 素人目にみても予想以上にエンジンの被害は深刻である。恐らく新しいものと交換が必要となるだろう。 リーダーの少年はチョンガラの思っていたより心配性らしく、ときおりばたばたとベットを抜け出しては、その都度ポコに騒々しく連れ戻されていた。 その様子をほほえましくも多少あきれながら苦笑して、休憩をとっていたところだった。 ザザッ、と電波の乱れる音がして、なにか声が聞こえた。 「こちら、シルバーノアじゃ」 チョンガラが応答するのと同時に、同じ部屋で作業をしていたイーガが振り返り、固唾を飲んでその様子を見つめる。 「チョンガラか? こちら、飛空挺ジルコン」 「どうじゃった?」 チョンガラの問いに相手はためらいがちに答えた。 「いるには、いた。名前はサイモン、インディゴス在住の技師だ。ただ」 ザザッ、と電波が乱れる。 多少いらだちを覚えながら、チョンガラが相手の言葉を復唱する。 「『ただ』何じゃ? 聞こえんぞ!」 「行方不明らしい。詳細はわからん」 チョンガラがイーガにだけ聞こえるように話す。 「頼みの綱が切れたかもしれんぞ」 「…困ったことになったな」 ザザッ、と再び電波が乱れる。 「代理の者を何人か当たってみた。ただな」 「『ただ』はいいから、早く言わんか」 「止むを得ず、ハンターズギルドを介した。ほどなく見つかるとは思うが」 相手の言わんとするところを、二人は一瞬で理解した。 時間はあまりない。 無線機の向こうで予想どおりの言葉が聞こえた。 「賞金目当てのハンターに知れるのも時間の問題だぞ」 「了解じゃ。ジルコン号、お前さんらも捕まるなよ」 「あんたたちとは金額が違うよ」 通信が途絶えたあと、チョンガラは気苦労が耐えないとばかりにため息をついた。 イーガがチョンガラのわきの椅子に腰をかける。 「彼も手配犯でござるか?」 「同じ立場の者に依頼しないと、裏をかかれてしまうからの。しかしギルドへの紹介は余計じゃったな」 「いい友人をお持ちだな、チョンガラ殿」 「嫌味を言うのが上手くなったな、お前さん」 |
「魚心あれば水心、という言葉があるだろう」 そう言って男はトッシュに交換条件を持ちかけた。 「妙なことになっちまったな」 「そういうのは口に出さないのが一流の用心棒なんだ」 二人はプロディアス南の人工島へと移動している最中である。 はいはい、と生返事をしながらも、隣を歩く男にはまだ油断のならない状況である。 実のところ、これから何をすればいいのか、まだ知らされてはいない。 そして、男の名前も。 「名前くらいは今聞いてもかまわねぇか?」 「ああ」 トッシュの問いに、男は短く「ビビガ」と答えた。 |
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