Side ARC
SCENE 3


 トッシュの闘気を敏感に察知した相手は、やおら懐から短刀を取り出した。
「俺と戦おうってのかい?」
 ゆっくりとトッシュが男にたずねる。柄に添えられた手はそのままで。
「その人物を知るには、真剣を交えるのが一番いいだろう?」
「なるほど。ちがいねぇな」
 一呼吸おいて、トッシュの持つ名刀『紅蓮』が解き放たれた。ぴいん、という刀自身の持つ張りつめた空気が相手を威圧する。
「死ぬ気でこい」
 静寂のあとに月に反射した刀が銀の輝きを携えて閃く。
 2、3度打ち合った後、両者の刀ががちんと組み合った。
 鍔迫り合いの中、お互いが相手の視線を絡ませる。
 そのときふと、相手の刀にトッシュの目が奪われた。
 見覚えのある紋所。それは、トッシュの義理の親、紋次の刀に彫り込まれたものと同じものであった。
「…あんたは」
 トッシュの刀に込められた力がふいに抜けるのを感知し、男はすっと短刀を下げた。
 同じくトッシュも愛刀を鞘に収める。
「オヤジの知り合いか?」
「以前に少しな。やれやれ、血気早い男だとは聞いていたが噂どおりだな」
「…ほっとけ」
 トッシュははじめて落ちついて相手の風体を眺めた。年齢はあまり若くはない。深く帽子を被り、格子のベストに少し泥で汚れたズボンを身につけている。そして、気づく。ごつごつと節くれだった手。技師の持つ特有のそれである。
「飛空戦艦が故障したんだってな」
「あんたが修理してくれるのか?」
「詳しくは見ないことにはわからんがな」
 大きく安堵のため息をつき、トッシュは道端の樽にどかりと腰を下ろした。
「助かったぜ。なにぶん昼間はあまり顔を外に出せないもんでな」
「大きなヤツを相手に逃げまくってるんだってな」
「逃げてるってのは聞こえが悪いな。アキレス腱を探してる最中と言ってくれねぇか」
 技師の男はにやりと笑い、こう言った。
「そっちの方もなんとかしてやれそうだぜ」

 チョンガラは先刻直ったばかりの無線に耳を傾けていた。
 祖国の古くからの友人に「飛空挺技師を調達して欲しい」と連絡したのが3時間前。
 それからたまに休憩をとりながら、眠る暇も惜しんで修理を続けている。
 その働きもあってか、艦内は以前のほとんどの機能を復活させた。ただ、エンジンを残しては。
 素人目にみても予想以上にエンジンの被害は深刻である。恐らく新しいものと交換が必要となるだろう。
 リーダーの少年はチョンガラの思っていたより心配性らしく、ときおりばたばたとベットを抜け出しては、その都度ポコに騒々しく連れ戻されていた。
 その様子をほほえましくも多少あきれながら苦笑して、休憩をとっていたところだった。
 ザザッ、と電波の乱れる音がして、なにか声が聞こえた。
「こちら、シルバーノアじゃ」
 チョンガラが応答するのと同時に、同じ部屋で作業をしていたイーガが振り返り、固唾を飲んでその様子を見つめる。
「チョンガラか? こちら、飛空挺ジルコン」
「どうじゃった?」
 チョンガラの問いに相手はためらいがちに答えた。
「いるには、いた。名前はサイモン、インディゴス在住の技師だ。ただ」
 ザザッ、と電波が乱れる。
 多少いらだちを覚えながら、チョンガラが相手の言葉を復唱する。
「『ただ』何じゃ? 聞こえんぞ!」
「行方不明らしい。詳細はわからん」
 チョンガラがイーガにだけ聞こえるように話す。
「頼みの綱が切れたかもしれんぞ」
「…困ったことになったな」
 ザザッ、と再び電波が乱れる。
「代理の者を何人か当たってみた。ただな」
「『ただ』はいいから、早く言わんか」
「止むを得ず、ハンターズギルドを介した。ほどなく見つかるとは思うが」
 相手の言わんとするところを、二人は一瞬で理解した。
 時間はあまりない。
 無線機の向こうで予想どおりの言葉が聞こえた。
「賞金目当てのハンターに知れるのも時間の問題だぞ」
「了解じゃ。ジルコン号、お前さんらも捕まるなよ」
「あんたたちとは金額が違うよ」
 通信が途絶えたあと、チョンガラは気苦労が耐えないとばかりにため息をついた。
 イーガがチョンガラのわきの椅子に腰をかける。
「彼も手配犯でござるか?」
「同じ立場の者に依頼しないと、裏をかかれてしまうからの。しかしギルドへの紹介は余計じゃったな」
「いい友人をお持ちだな、チョンガラ殿」
「嫌味を言うのが上手くなったな、お前さん」

「魚心あれば水心、という言葉があるだろう」
 そう言って男はトッシュに交換条件を持ちかけた。
「妙なことになっちまったな」
「そういうのは口に出さないのが一流の用心棒なんだ」
 二人はプロディアス南の人工島へと移動している最中である。
 はいはい、と生返事をしながらも、隣を歩く男にはまだ油断のならない状況である。
 実のところ、これから何をすればいいのか、まだ知らされてはいない。
 そして、男の名前も。
「名前くらいは今聞いてもかまわねぇか?」
「ああ」
 トッシュの問いに、男は短く「ビビガ」と答えた。


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