Side ARC
SCENE 6


 その頃。
 トッシュとビビガはまだ構内にいた。
 彼らは追っ手から逃れるために一旦空部屋に隠れこんだものの、システムが地下室の暴動を感知して外部ロックがかけられた。結果的には閉じ込められた形となったのである。
 しかも、本来は使用されていない部屋らしく、見回りに来る様子はないと思われた。こうなるとあとは飢え死にするのを待つだけである。
 ぐう、と大きく腹の虫が鳴いた。
 トッシュが、小さく舌打ちをしてビビガに話しかける。
「そろそろ昼か。こんな非常時にも腹の虫が鳴りやがる。食いもん持ってねぇよな?」
「そんなものあるか」
 ぶっきらぼうな返答ではあったが、自分のせいでこんな状態になっているのにもかかわらず、怒り事ひとつ洩らさないトッシュにビビガは内心気づいていた。逆に、気休めのひとつも言えない自分に苛立ちさえ感じる。
 トッシュが負傷している今、中から脱出する方法はもはやないと言っても同然だが、助けを呼ぶ手段は残されていた。そう、ビビガはギルドとの連絡用に小型無線機を所持していたのである。だが、トッシュの目の前でこれを使用するということは、自分がハンターと関わりがある人間だということを知られることになる。それは、この男に裏切る行為に他ならない。
 ビビガは戸惑っていた。いつのまにか側にいる手配犯に肩入れしたくなっている自分に。
「…あんたにも仲間はいるんだろう? 助けは呼べないのか?」
「身の危険を犯してまでは助けにきて欲しいとは思わねえな」
 ビビガの問いにトッシュはそっけなく答える。
 自分のせいで他人が傷つくことには耐えられない。それが彼なりの仲間への気遣いであり、自分の行動に対してのけじめでもある。だが、その言葉とは裏腹に、瞳は誰かを待っているように遠くを見つめていた。
 沈黙は突然破れた。
『聞こえるか、ビビガ。俺はインディゴスギルドの窓口のもんだが』
 砂の流れるような雑音と共に、懐にいれていた小型無線機から声が洩れた。
『今、いいか? あんたが仕事を仲介してるハンターの小僧から伝言を頼まれたもんでな』
「あ、ああ」
 ビビガは心臓が凍る思いがした。うわずった声をなんとかごまかしながら、ビビガは無線機に答えた。しかし、それを持つ手は小刻みに震える。
『人捜しの依頼を受けていて、もう二、三日部屋を空けると言っていたぞ』
「…わかった」
『そう言えばその行方不明の技師…サイモンだっけな、あんたと知り合いだったよな。まあ、しっかりやってるみたいだし安心してもいいと思うぜ』
「そうか、…知らせてくれてありがとよ」
『邪魔をして悪かったな。そっちもしっかりやれよ』
 再び沈黙が訪れた。
 ビビガは顔を上げられないまま、何を言えばいいかわからず黙っていた。
「…よかったじゃねぇか。あんたの友人、助けてもらえそうでよ」
 ビビガはゆっくりとトッシュの方を見た。その表情は怒りも恐れもなく、ただ穏やかであった。
「これでも最悪の事態は予想しているつもりでな」
「…俺が手配犯を捕まえる立場の人間だと?」
「確信は持てなかったが、人工島に入る前から逃げる手段はいくつか考えてはいた。けど、あんたが情に厚い人間だと知ったときから見捨てておけなくなった」
「…隠していてすまなかった」
「かまわねえよ。あんたに捕まろうがここのやつらに捕まろうが同じことだしな」
「さて、うちの大黒柱がそうそう簡単に捕まってくれるもんかのぅ?」
 目の前で風が湧き起こり、一瞬にしてトッシュの知った皺だらけの顔がひょんと現われた。突如現れた第三者に、思わず驚きの声をあげる。
「ゴーゲン!?」
「やれやれこんな所に居なさったか。ずいぶんと骨を折ったぞ、トッシュ」
「…仲間か?」
「俺が狼藉を働かねえためのお目付け役みたいなもんだ。な?」
「おぬしのお守りなど勘弁じゃ」
 いつもどおりのゴーゲンに、トッシュも少し気持ちに余裕ができる。
「よくここがわかったな」
「まさに手当たり次第じゃよ。おかげで魔力もそろそろ尽きる。早くアーク達と合流して引き上げるぞい」
 トッシュは信じられない名前を聞いた。まさか、アーク自らが助けに乗り込んでくるとは思わなかったのだ。…たとえ、心の底では願っていたとしても。
「何やってんだ! 寝かせとけって言っただろうがよ!」
「ほっほっ。黙って寝てるようでは、誰もおぬしの暴走を止めることができんじゃろうて。さて、早く行かんとまた倒れてしまうぞ。囮になって正面口で戦っておるからの。…そちらが、わしらの飛空挺を修理してくれる技師さんかの? 帰ったらよろしく頼むぞい」
「ああ、任せてくれ」
「ビビガ、俺達は…」
「わかっている。例の手配犯とは他人の空似だろう」
 想像していた極悪な手配犯とはまったく違う、確かな強い絆で結ばれた仲間達をビビガは羨ましそうに見る。彼らは犯罪者でなく、きっと真実は別にある、と。


 暗い部屋から一瞬にして地上に出ると、眩いほどの光が瞼を覆った。目が慣れてくるに従って、正面口で戦う人物の姿を確認することができた。そこでは、アークとポコが互いの背をかばいながら、警備員達を傷つけないよう丁寧に剣の裏側であしらっていた。
 トッシュはアークを見た。
 アークはトッシュを見る。満面に安堵の笑顔を携えて。
「かえったらきつく叱るからね」
「おう、いくらでも叱れ」
 誰も知らない真実を背負い、少年は戦う。
 宙に溶けるように光の中に掻き消えた勇者の姿を、人々は白昼に見た幻と思うのだろうか。


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