Side ELC
SCENE 4


 シュウと別れてからのエルクの行動は、一連の管理責任者を割り出すことに専念された。
 サイモンが作業をしていた現場の調査はシュウに任せ、エルクの方は事業所の雇用体制の不審な点を追究するべく管理責任者の身柄を確保し、いざとなれば管理者権限で命令を動かす。これはサイモンが内部にいない場合や救出が困難な状況に備えたシュウとの連携策である。
 エルクはシュウと同様に1日目の深夜にはすでに事業所の上層部が仕事をしている事務所へと侵入し、搬入出される配達物に被閲の目を光らせた。この中の重要書類らしきものが、不思議なことに封も切らぬまま外部行きの配送箱に入れられているのである。エルクは捜索中のサイモンに関する書類がないかどうか、明かりに透かしてそれらを確認してみたが、該当のものが見当たらなかった。ただひとつ、内部地図のようなものが入っている封書を見つけたので、それをこっそり懐へとしまいこんだ。
 調査したところこの事業所の所長はレオンという男であったが、どうやら責任追求を逃れるためのカムフラージュ用の架空人物らしいということが判明した。彼の配下には総務部責任者をはじめ、経理、資材、技術、現場、そして、シュウの知るところとなる医療部責任者のアンダーソンを含めた各部署責任者6名が名を連ねる。結局、エルクが事務所でつかめた情報はこれだけで、あとはシュウの調査結果を待つばかりとなった。

 調査をはじめてから3日目である。
 朝一番からエルクは唯一の連絡手段の経由地点であるインディゴスギルドに腰を落ち着け、シュウとの連絡用にこれまでに得られた情報を箇条書きにまとめていた。
 エルクが事務所から持ち帰った封書には、どこのものとも見当のつかない見取り図であった。手がかりと言えば、見取り図の示す部屋に窓のないことから、特殊な部屋であると考えられる。が、今のところこれは役にたたない。
「はっきりしたことといえば、外部に管理責任者がいるってことぐらいか。こうなるとこっちの作戦は見込みがないかもな」
 用事の終わった鉛筆を持て余しながら珍しく弱気に独り言をつぶやいているところに、ギルドの扉が開き荷物の配達人が何通かの封筒を届けにきた。主は差出人を確認しながらひとつの封書に目をとめる。
「例のものが届いたぜ」
「ん」
 それが何であるかはすでに承知しているので、エルクは短く返事をして受け取り、ギルドの一番奥のテーブルへと移動した。封をあけると、中には二枚の紙が入っていた。
 一枚は、サイモンのカルテの複写であった。右下の備考欄が目立つよう赤で指示されており、そこには何かの医療記号が記されている。さらに見覚えのある達筆な字でこう付け加えられている。
『人体に影響を与える物質の浸透症状では』
 直感的に実体のはっきりしない嫌な感じがした。ハンターの第六感ともいえるものである。
 もう一枚の紙は人工島の内部地図で、シュウが現在いると思われる場所に×印が書かれてある。それとともに丁寧に布で包まれた鍵が出てきた。
「忍び込め、ってことだろうな。これは」
 他に手紙らしいものはひとつもないが、要点をおさえた完璧なシュウの仕事ぶりには感心せずにはいられない。
 念のため、エルクが持ち帰った見取り図と同封の地図を照合してみたが、該当する場所はないようだった。
現在請け負い中の依頼に関し、手がかりになる情報はないかと、エルクはギルドの主にたずねた。
「なあ、ここんとこ他に依頼入ってこなかったか?」
「いや、特にお前さんが気になるような依頼はなかったように思うがな。そういえばひとつ、緊急で『飛空挺技師の調達依頼』があったが…お、これはプロディアスの方でビビガにまわしたらしいな」
「へえ。ビビガに?」
 ビビガというのは、プロディアスにあるエルクのアパートの管理人である。管理人の他にハンターとギルドの仲介作業なども請け負っている。
「そりゃいい人選だな。ビビガの機械好きは半端じゃねぇからな」
「まだ完了の報告はないな。時間がかかっているのかもしれん」
「そっか。ビビガにもう2、3日部屋のこと頼もうかと思ってたけど、まあいいや」
「もし連絡がつくようなら伝えといてやるよ」
「うん、頼む」
 エルクは先ほどまとめていた情報を書いた紙を丁寧に四つ折にし、ギルドの主に預けた。
「多分シュウとは現地で顔合わせることになると思うけど、行き違ったら渡しといてくれよ」
「ああ。大変だろうが頑張りな」
「それ、読むなよ」
「お前の汚い字はシュウでもないと読めんだろうがな」
「お世辞でも言えっての」

 以前見つけておいた事務所の屋根裏へと進む通路から、エルクは現場付近に到着した。初日に入手しておいた作業服を着込んでいるため、日中にもかかわらず見咎められることもなくシュウのいる医務室まで辿り着いた。
 と、目の前を白衣姿の男が通りかかったため、反射的に身を屈める。
「…エルク?」
「(…あれ?)」
 そっと見上げると知った顔がこちらを覗き込んでいた。
「まさかこんな早い時間からくるとは思わなかったぞ」
「…似合ってるじゃねぇか、白衣」
 そこへ他の作業員がやってきたので、シュウの先導で二人は彼が寝室として使用している空部屋へ移動した。エルクは手紙に同封されていた鍵で扉を開けると、部屋に入りどさっとベッドに腰を掛けた。そして、事務所で調べたことを手短に説明する。
「管理者は外部にいる可能性が高いとなると厄介だな…」
「そっちはその後何かあったか?」
 エルクの質問にシュウは黙って地面を指した。
「…?」
「明け方に騒ぎがあったらしい。かすかに争う声が聞こえた」
 地下室…!
「シュウ。これ、もしかしたら」
 エルクは事務所で手に入れた見取り図をシュウに手渡した。シュウはそれに目を通し、あるものに気づく。
 見取り図に書かれてある部屋に、小さく書きこまれた『α+』の文字。
「間違いない。サイモンは地下室にいる」


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