Side ELC
SCENE 5


 シュウが地下から争う声を聞いた後、宿舎で騒ぎは起こっていない。ということは、出入り口は宿舎以外の作業所内部か工事現場になる。だが、建設を始めたばかりの建物に地下室を作ることは難しいだろう。
 その理由から、二人は地下室への出入り口が作業所内部だと断定した。
 調査にあたったのは、作業服を調達していたエルクである。
 調査自体はさほど時間がかからなかった。半ば偶然に、ある通路で見落としそうなほど小さな血痕を見つけたためである。
 他の作業員に怪しまれないよう、隠れてそれをたどる。行きついた先は作業所の北東の階段だった。周囲の壁を調べると、一部に亀裂が見つかり、その壁をはがした奥のスイッチによって地下への道が開いたのである。
 一旦地下通路に入って中の位置を確認した上で、エルクはシュウの部屋に戻った。見取り図に通路を書き加えてみる。すると、この地下室がちょうどシュウの部屋の真下に位置することが判明した。
 仕事を終えて部屋に戻ったシュウは、見取り図を確認しながらエルクの調査結果を聞いた。そして、一言、口にする。
「せっかくだ。使わせてもらおう」

 光源のない地下室の暗い廊下で、エルクが周囲を窺う。そのすぐ隣で扉の鍵を外す音がした。
 振り向くエルクに軽く頷くと、シュウは扉の取っ手に手をかける。
 静かに扉が開かれた。その向こうにいた者たちの視線が集中する中、即座に2人は室内の様子を見て取る。
 数は6人。白衣に身を包んだ彼らは、部屋の中央に位置するテーブルに乗せられた機械を囲むように立っていた。その様子は事前にエルクが鍵穴を覗いて確認した時と変わっていない。
 依頼人の少女の父親・サイモンの姿を認めて声をかけようとしたエルクは、言い様のない奇妙な感覚にとらわれた。
「伏せろ!」
 シュウの声が飛び、エルクは反射的に身を沈めた。頭上をナイフがかすめ飛ぶ。
 それを合図に、室内の男達は手に手に辺りの機具をつかむと、二人に襲いかかってきた。
「どうなってんだ、シュウ!?」
「わからん…エルク、下がれ!」
 意図を察知したエルクは、すぐ近くに迫った男の右手からドライバーを叩き落とし、後方へ飛んだ。衣服で口元を覆う。
 シュウが部屋の中央へ向かって、何かを投げつけた。
 床に落ちた小さな球から煙が上がる。それは見る間に視界一杯に立ち込め、互いの顔が判別できなくなった。技師達の動きが止まる。
 煙幕の効果は約10秒。煙には睡眠薬が含まれており、無防備にそれを吸った者は昏倒するはずである。
 だが、煙が晴れても、その場に倒れた者は一人もいなかった。
「これは…」
 シュウが小さく声を上げる。滅多に表情を変えない彼だが、わずかに驚愕しているようだった。
 睡眠薬が効かないならば、方法はひとつだ。
「しょうがねぇ。荒療治になっちまうけど怨むなよ!」
 エルクの足が地を蹴った。少し離れた位置に立つ男に近づき、当て身をくらわせる。
 しかし、衝撃で相手の身体は少し揺れたものの、倒れる様子がない。
「マジかよ…」
 意外な出来事に焦った一瞬が隙を作った。背後の気配で咄嗟に振り向いたエルクに、スパナを握った技師の手が振り下ろされる!
 エルクの右手から炎が出現した。だが。
 ──間に合わねぇ!
 それでもエルクが炎を放つ。と同時に技師の口からうめき声が洩れ、スパナが地に落ちた。見ると、彼の右手から一筋の血が流れている。
 シュウの投じたナイフが技師の右手を切りつけ、スパナを取り落とさせたのだと理解した瞬間、エルクの放った炎が部屋の中央にあった機械を呑み込んだ。
「しまっ…!」
 炎の中で機械が火花を撒き散らす。やがてその姿が揺らめき、機械は煙を上げて燃え出した。
 その時。
 一人の技師が膝をついた。
 それを合図に、技師達が次々とその場に倒れて行く。
 室内の技師全員が地に伏せると、シュウが傍らに倒れた者の容態を確認した。
「気を失っているだけらしいな」
「…どうなってんだ?」
「侵入者は君か、ローワン」
 シュウとエルクが反射的に背後を振り向いた。
 この地下室唯一の出入り口である戸口に、銃を構えた白衣姿の男が立っていた。その後ろにはただならぬ気配を漂わせる男達の姿が見える。
 白衣の男の年齢は50代半ばといったところだろうか。
 彼から視線を外さずに、シュウがやおら立ち上がる。驚いた様子を見せることなく、彼は突然現れた男に言ってのけた。
「やはりな。ここへ来るのはお前だと思っていた、アンダーソン」


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