Side ELC
SCENE 6


「まったく、迂闊だったな」
 無表情にアンダーソンが言った。普段の温厚な様子はかけらもなく、医務室では決して見せないであろう冷徹な雰囲気を身にまとっている。
「それが本来の顔というわけか?」
「君も今の姿が元来のそれらしいな」
 シュウの言葉に短く応じると、アンダーソンは背後の男達に目で合図しようとした。
 その一瞬の隙をついて、何かが彼の視界の隅を飛ぶ。
 同時にシュウとエルクが部屋の奥へと移動し、身を伏せた。
 直後、轟音と共に地下室全体が揺れた。廊下と地下室を隔てる壁の一部が破壊され、アンダーソンたちの上に瓦礫が降り注ぐ。
 そして、それに呼応するかのように、遠くから何度か爆発音が響いてきた。
 爆音が収まるや否や、シュウとエルクは瓦礫の散乱する廊下へと飛び出した。砂埃が舞う中、次々とアンダーソンの連れた男達の動きを封じてゆく。
 最後にシュウがアンダーソンの腕を抑えた時点で、エルクはようやく息をついた。いつもの調子でシュウに話しかける。
「火薬の量が多すぎたんじゃねーの?」
「だとしたら天井が崩れ落ちているぞ」
「流石にそれはカンベンだぜ」
 小さく笑うシュウの耳に、かすかにサイレンの音が聞こえてきた。
「どうやらプロディアス市警も動いたようだな」
 作業所でいきなり爆発事故が起きれば、プロディアスから警察が駆けつけるはずだ。その目論見は的中したらしい。
 見取り図によって、地下室がシュウの部屋の真下にあるとわかると、シュウは一計を案じた。彼は室内に強い衝撃で誘爆する爆弾を仕掛け、次いでそれに連動させる仕組みの爆弾を3ヶ所、建物の周囲に設置したのだ。もちろん、宿舎に被害が出ないよう計算済みである。
 この地下室の天井付近で爆弾を爆発させ、その振動でシュウの部屋の爆弾が誘爆し、残りの爆弾も次々に爆発した、というわけだ。
 アンダーソンにもサイレンの音が聞こえたらしい。彼は顔を伏せた。だが、その口から低く洩れたのが笑い声だと気づき、エルクが訝しげな表情を浮かべる。
「何がおかしいんだよ」
「まったくもって残念だな。たかだか2人の人間の為に、新薬の成果が確認できないとは」
「新薬?」
 眉をひそめるエルクに対し、アンダーソンは短く応えた。
「君も見ただろう。完成間近だったんだ」
「あいつらが何やっても倒れなかったのは、そのせいだってのか?」
「感覚をマヒさせればいいだけだ。難しいことでもない」
「あの機械は?」
 短くシュウが問う。
「指令塔を壊されれば、こちらの言葉は届かない」
「じゃあ何か?お前のくだらないクスリのために、こいつらを巻き添えにしたってのか!?」
「何事にも実験は必要だ」
「ざっけんじゃねぇよ!」
 エルクがアンダーソンの頬を力まかせに殴った。
「実験が何だってんだ?そんなに必要なら自分で試せよ!何も知らねぇこいつらにワケわからねぇモノ使って、お前は高みの見物か!?こいつらがおかしくなろうと死んじまおうと、実験って事で済ませんのかよ、ふざけんな!!」
「エルク」
 最後に大声を上げた少年に、シュウは諭すような声音でその名を呼んだ。
 エルクが肩を震わせたまま、鉄面皮のアンダーソンから顔を背ける。
 そこへ、廊下の向こうから騒々しい声が伝わってきた。どうやらプロディアス市警がこの入り口を発見したらしい。
「アンダーソン。この技師達は治るのか?」
 シュウの質問に、エルクが顔を上げた。
「薬を投与しなければ、効果は切れる。一ヶ月…いや、二ヶ月もすれば完治するだろう」
「そうか」
 淡々と事実を述べたアンダーソンの口元に、ほんの一瞬、表情が浮かんで、消えた。
 ──笑み……?
 場にそぐわない表情である。諦めのものだとは感じられなかった。どこか……。
 シュウがそれを問いただそうとした時、プロディアス市警の面々が到着した。
 途端に地下室の現場検証、救急車の手配、応援要請と急にその場が慌ただしく動き出し、アンダーソンを始め、用心棒の男達はすぐに彼らに連行されていった。
 だが。あの一瞬を除いて、アンダーソンは最後までその冷徹な表情を崩すことはなかったのである。
 それが、シュウの心にわずかな疑問を残すことになった。

 事件の解決に貢献したことで、シュウとエルクはプロディアス市警の面々に驚きをもって迎えられた。
 しかし、警察を呼ぶ為とはいえ、派手な爆発を起こしたのは事実である。
 結局、シュウとエルクも関係者として一応調書を取られる羽目になった。
「まぁ、あれだけ派手にやっちまったもんな」
 エルクはあっけらかんとしたものである。その態度にシュウは思わず苦笑してしまった。
「…ともかくサイモンたちも病院で手当てを受けられることになったんだ。もう心配はあるまい」
「治るよな。早くあの子に連絡してやろうぜ!」


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