01 花 (サモナイ3・レクディラ) 「……これは何?」 中央管理施設を訪れたレックスが中央に据え付けたテーブルに置いたものを見やり、アルディラは訝しさと困惑がないまぜになった表情で問うた。 「見た通り、タンポポの植木鉢だよ」 レックスは邪気のない笑顔で応じる。 一瞬、アルディラは頭痛に見舞われた。 「私が聞いているのは、何故ここにこんな物を持って来たのか、なのよ」 機械に囲まれた部屋に、ただ一鉢。人工物に囲まれた黄色い花は、元気を失って見える。 こういう花は、太陽の下で初めて輝くのだ。機械都市ラトリクスに不似合いなことこの上ない。 確かに植木鉢に咲くこの花は、見る者に春の訪れを伝えてくれる。 だが、都市に根付くはずのない花の存在に、どこかもの悲しさを感じてしまうのだ。 「アルディラはこの花が嫌いだった?」 「……そんなことはないけれど」 嫌いではない。否、むしろ……。 「ごめん、君が好きな花だと思って、持ってきたんだ」 花に向けられていたアルディラの瞳が見開かれる。 驚きを隠せないまま、その瞳がレックスを捉えた。 「え?」 「この間、風雷の郷でこの花を見たとき、嬉しそうだったから……」 ――この人は。 「違うのよ」 申し訳なさそうに項垂れるレックスへ、アルディラは首を振って見せた。 「この花はね、マスターが好きだったの」 花を愛でた彼への懐かしさ、その彼を失った寂しさ、もの悲しさ、そして、この花を届けてくれた青年への申し訳なさ。 複雑な感情が絡み合い、アルディラの瞳は憂いを帯びた。 「だけど、アルディラも好きなんだろ?」 「!」 アルディラが伏せていた顔を上げる。 レックスは優しい微笑みを浮かべていた。 「タンポポを見ていた君の顔、とても優しかったからね」 「レックス……」 「好きなものから遠ざかる必要なんて無いだろ?アルディラが好きならいいじゃないか。ラトリクスに花壇だって似合うと思うしね」 アルディラの躊躇いを、軽々と飛び越えてしまう、彼。 ――かなわない。 アルディラは小さく息をつくと、静かな笑みを返した。 「ありがとう、レックス」 柔らかな笑顔を向けられ、レックスが照れくさそうに頬をかく。 「あ、うん。その……喜んでくれて、良かった」 そんな彼の仕種が妙に幼く感じられ、アルディラは軽やかな笑い声を立てた。
──fin
(2005.02.04up) |
02 空 (アーク1・アーク&ククル) 湿度を帯びた風が、吹き抜ける。 風に揺れた草が頬を撫でる感触に、ククルは目を細めた。 視界一杯に広がる青い空。 その中を、ちぎれ雲がいくつも飛んでいる。 思いっきり深呼吸して、ククルは大きく伸びをした。 そんな彼女を呼ぶ声がひとつ。 「ククル?」 ここ数日ですっかり耳に馴染んだ少年の声である。 伸びをした拍子に閉じていた目を開くと、上から覗き込む顔が見えた。 「何?」 興味津々の表情につられるように問いかけると、少年が笑みをこぼす。 「楽しそうだな」 つられてククルも笑った。 「うん。天気もいいし、草も柔らかくて、寝っ転がるにはもってこいね」 言いつつも、少しばかり不安が過ぎる。 しかし、それは杞憂だった。 「じゃ、俺も見習おうかな」 こう言うなり、アークもククルの隣に寝転がったのである。 もの問いたげな彼女の視線に気づいているのかいないのか、アークは組んだ両手を枕に目を閉じていた。 そよ風が草を揺らし、ささやかな音を立てる。 青空を流れる雲を見つめながら、けれどもククルの意識はアークに向けられていた。 トウヴィルでこんな所を見つかれば、間違いなくお小言を聞かされる羽目になる。 やれはしたないだの、慎みを持ちなさいだの、昔から耳にタコができるほど繰り返された言葉だ。 確かに、年を重ねるに連れて、女性らしさを身につける必要はあるのだし、年相応に振る舞わねばならないと頭の中では理解している。 しかし、反発する感情が消えることは無く。 何より、ククルは自然の中で過ごすのが好きだったのだ。 昔から周囲の目を盗んでは木に登り、遠くの空や景色を眺めていた。 地面に寝転がるのも好きだったが、こちらは見つかりやすいので、なかなか実践できなかったのである。 そして今、晴れて堂々と寝転がっているわけなのだが。 ……何を考えているんだろう? 年頃の娘が地面に寝っ転がっていれば、大抵の人間は呆れるだろう。 ククルの立場を知るものならば、尚のことだ。 間違っても、同じ事をしようと考える者はいなかった。 ――これまでは。 「アーク?」 静まり返った少年の名を、ククルはそっと呼んでみた。 しかし、反応はない。 上体を起こして彼の様子を確認する。 と。 かすかな、規則正しい呼吸が聞こえてきた。 先程寝転がった体勢から、全く動いた様子はない。 どうやら、アークはあのまま眠ってしまったらしい。 ククルは目を丸くすると、声を殺して笑った。 ……子供なんだから。 自分のことは棚に上げて、つい、そんなことを考える。 ククルは笑みを口元に残したまま、再び地面に寝転がった。 そのうち、仲間たちが迎えに来るだろう。アークを起こすのはそれからで構わない。 眼前に広がる青い空を見つめながら、ククルは爽やかな時間をしばし満喫することにした。
──fin
(2005.02.08up) |
03 友達 (サモナイ3・スカーレル&ヤッファ+アティ) 実り豊かなユクレスの大地は、同時に太陽の光を連想させる。 だが、ひとたび太陽が沈んでしまえば、これほど月明かりが映える土地もないだろう、と思わせるのだ。 神秘的な雰囲気に月明かりが冴える狭間の領域とは、異なる風情がある。 二面性を持つこの大地の、夜の顔を好む人間は珍しいだろう。 しかし、スカーレルはこのユクレスの夜の世界が気に入っていた。 生の息吹に満ちあふれる世界の、夜の顔。 「今日はえらく物憂げだな」 彼と差し向かいで酒を飲んでいるのは、この地の護人である。 初対面から不思議と馬が合ったのは、互いの性格に共通点があったせいだろうか。 相手の事情を詮索せず、程良い距離感を取り合える存在は、スカーレルに一種の安らぎに似た感情を抱かせるようになっていた。 これまで他人と打ち解けて酒を飲むことの出来なかったはずの彼だが、いつしかヤッファと杯を交わすようになり、今に至っている。 しかし、どうやら今日は風向きが違うらしい。 「あら、そう?」 軽く応じつつ、スカーレルは持参したウィスキーをグラスにそそぐ。 他人に心の裡を悟らせることはまずないのだが、今日の相手はいつもと違った。 「別れ話でも切り出したか?」 単刀直入の鋭い刃に、スカーレルの瞳が翳った。 「図星か」 「…………」 「アンタらしいな」 息をつくように漏らす声が笑みを含む。 スカーレルはグラスの酒を一気にあおった。 「まさか、本気になるなんてねぇ」 アタシらしくないったら。 空を仰ぎ、溜息をつく。 「で?」 促す声にスカーレルが視線を返す。と、ヤッファが更に切り込んできた。 「相手を思い遣るって言えば聞こえはいいがな。……要は逃げたんだろう?」 スカーレルの表情が消えた。 「確かに、あいつのこった、アンタが一線引けば越えては来ねぇだろうぜ」 グラスを傾けながら、独り言のようにヤッファは続ける。 飄々とした口調はここユクレスで流れる風のようだ。 地上を流れる風は真実を運んでくるのだと、昔語りに似た話を教えてくれたのは、誰だったろうか。 「それでアンタは相手を傷つけずに済んだと満足する。……だがな」 ヤッファの瞳がスカーレルに向けられた。 「10年20年経ってなお、あいつが変わってなかったら、どうする?」 声音は変わっていないはずだ。 真剣味を帯びて聞こえるのは、受け取る側がそう感じた故だろう。 スカーレルは唇の端に微かな笑みをはいた。 「ユクレスの護人さんが、やけに世話を焼くじゃない」 「ああ、面倒ごとは御免なんだがな」 大方、マルルゥのお節介なのだろう。 最も、アティを気に掛けているからこそ、ヤッファもこの役回りを引き受けたはずである。 島での交流を積極的に始めた彼女は、外敵から島の人々を守るため、いつしか自身の命をかけて戦うようになった。ヤッファを始めとした護人たちは、そんなアティに共感し、最終的にはカイルたちと共に彼女を守ろうと立ち上がったのだ。 当初アティを利用しようとしたキュウマさえ、その一途な想いに打たれ、今は紛れもない好意を向けている。 彼女が守ろうとしたこの島ならば、大切な人たちと幸せに暮らしていけるだろう。 生徒と共に島を出るにしても、アティならばどこでも彼女らしく生きていくはずである。 だが、もしも、彼女の気持ちが変わっていなかったとしたら。 これまでと変わらず、あの笑顔を浮かべて、久方ぶりの挨拶を交わした、その時に……。 ――彼女の幸せを、否定する事になりはしないだろうか。 不意に、夜の風が流れてきた。 同時に生じる人の気配。 スカーレルが庵の入り口を仕切る幕に目を向けたその時、軽やかな声が耳に届いた。 「あ、やっぱりここにいたんですね」 「アティ!?」 嬉しそうな笑顔で現れた娘の顔を見、スカーレルは思わずその名を声に出す。 「おう、よく来たな」 「えへへ。お言葉に甘えて来ちゃいました」 スカーレルは横目でヤッファを睨めつけたが、当の相手はどこ吹く風である。 アティは両手に抱えていた一升瓶を差し出した。 「これ、良かったらいかがです?」 「ほぉ、風雷の郷の酒か」 「口当たりが良くて飲みやすいんですよ」 アティが持ってきた酒を手に、ヤッファは上機嫌である。 どうやら、全て計算済みだったらしい。 してやられた感はあったが、酒の席で水を差す事はないだろう。 スカーレルはアティに笑顔を向けた。 「さ、センセ。中へいらっしゃいな。でも深酒はダメよ?女の子なんだから」 歓迎の言葉に、アティが嬉しそうな微笑みを浮かべる。 曇りのない笑顔が、知らぬが故の純粋さだとは限らない。理解はしているものの、その眩しさが彼にとって羨望の象徴である事に変わりはなく。 「今日は大丈夫です。この前で懲りましたし。ゆっくり楽しみましょう」 照れ笑いを見せるアティの発言がジルコーダ撃退後の宴を指している事を察し、つい笑みを誘われた。 「ええ。マイペースで、ね」 スカーレルはアティに空いているグラスを手渡し、彼女が持ってきた酒をつぐ。 「乾杯といくか」 ヤッファの音頭にあわせて、三人はグラスを鳴らした。 ──かけがえのない、夢であり希望。翳って欲しくない、光。 「スカーレル?」 「そうそう、センセにオススメの果実酒があるのよ。甘くて美味しいから、試してごらんなさいな」 「わ、ホントですか?嬉しい!」 喜色満面のアティにウィンクを返して、果実酒を用意する。 近い未来に対して敢えて目を伏せ、スカーレルはアティを交えてのささやかな酒宴を楽しんだ。 |
04 昼寝 (巌窟王・伯爵&エデ) 昼なお暗い薄闇の中。 彼は静かに瞼を開いた。 厚いカーテンを引いた室内に、陽光は届かない。 朝の目覚めとはやや異なる感覚が、昼下がりに仮眠をとっていた事を思い出させた。 ゆっくりと息をついた彼の耳に、囁きに似た声が届く。 「お目覚めになられましたか?」 鈴を転がすようなその声に、ようやく彼は寝室に自身以外の人間の存在を知る。 人の気配に敏感なこの男には珍しい──これまでには有り得ぬ出来事だった。 「エデか」 「はい」 身体を寝台に横たえたまま、視線を巡らせた彼は、傍らでその顔を覗き込んでいた幼い少女の姿を捉えた。 「お加減は、いかがでしょうか?」 微かに頭を揺らした拍子に、肩で切り揃えられた髪がさらりとそよぐ。 彼がこの少女を手に入れたのは、つい先頃の事だ。 王家の血筋に生を受けながら、一人の男の裏切りで全てを失い、その身を貶められていた、幼い娘。 しかし、珠玉の宝石は輝きを失ってはいなかった。 今、この場で主人の身を案じる少女は、かつての美しさと愛らしさを兼ね備えている。憂いを知ったその瞳は、神秘的な光を内包している事を予感させた。 「案じる事はない。心配をかけたな」 言いつつ身を起こそうとした彼は、自身の右手を小さな手が包み込むように握っていた事に気づく。 少女は慌てたように両手を引いた。 「……失礼いたしました」 俯き、蚊の鳴くような声で謝罪の言葉を口にする。 彼は自由になった手を見やった。 奇怪な紋様が浮かび上がる、体温を感じさせない右手。 しかし、不思議なことに、微かな温もりを感じたように思ったのだ。 ──錯覚だろう。 「エデ」 口を突いて出た声は、自身が想像もしないほど穏やかだった。 幼い少女がそっと顔を上げる。 「夕刻まで、横になる。目覚めるまでそこにいてもらいたい」 エデの顔が輝いた。 「かしこまりました」 幼いながら、純粋に主人を慕う少女の姿は、いじらしくあり、そして……。 いずれ、彼女の瞳は深い憂いに包まれる。 物事の道理を知る頃、真実を知らされたその時に。 彼は、静かに瞳を閉じた。 室内の薄明かりさえ遮断された闇が訪れる。 「エデ」 何故か、その名を呼んでいた。 「はい」 近くで響く幼い声に、彼は望みを口にする。 「手を。……先程のように」 瞬間、息を飲む気配が伝わった。 物静かな声が聞こえたのは、刹那の後。 「……仰せのままに」 そして。微かな温もりが、彼の手を包んだ。 心の闇を払う温もりなどは有り得ない。 だが、この微かな温もりは、彼の悪夢を祓うだけの力を持っていた。
──fin
(2005.02.05up) |
05 買い物 (サモナイ3・スカアティ+メイメイ) 店を訪れた客人たちを、店主メイメイは満面の笑顔で出迎えた。 「あらまぁ先生、いらっしゃーい。さぁ、今日のご用はなぁに?」 「あの、毛糸はありますか?」 「毛糸?もちろんあるわよぉ。ふふふ。意中の人へプレゼント〜?」 言いつつメイメイは、彼女の隣に立つ青年をちらと見やる。 しかし、彼は悠然と笑みを返すのみ。 「ち、違いますよ!ナップ君にセーターを編んであげようと思って」 頬を染めてかぶりを振ったアティが、メイメイの視線に気づいたのかはわからないが。 メイメイは店の奥に入ると、籠を二つばかり運んできた。どちらにも、色とりどりの毛糸が溢れんばかりに積まれている。 「セーターなら毛糸の太さはこんなものでしょ。じっくり選んでちょうだいねぇ」 「ありがとうございます」 礼を述べ、早速アティは毛糸を手にとって見る。 そんな彼女へ、スカーレルが問いかけた。 「色味は決めてきたの?」 「ええ。暖かそうな黄色系にしようかなって思ってるんです。ナップ君にも似合いそうだから」 「成程ね」 言いつつ、スカーレルは淡い桃色と黒の毛糸を選び出す。 「スカーレルも何か編むんですか?」 「ええ。せっかくセンセに編み物教えるんだもの、一緒に作ろうかなーって」 「わ、嬉しい。楽しみです」 「そうね」 にっこり笑うアティに笑みを返し、スカーレルは編み棒を選び始めた。 「だけど、どうして急に編み物なんて考えたの?」 はっきりした黄色とやや薄みがかった黄色、二つの毛糸を見比べるアティに、ふとスカーレルが問いかける。 「最近少し寒くなってきたでしょう?ナップ君はいつも薄着だし、風邪引かないようにと思って。……あと、やっぱり私も小さい頃、お手伝いのご褒美にって手編みの帽子を貰ったことがあったんです。それがすごく嬉しかったから」 屈託のない笑顔を見せるアティに、スカーレルは頷いた。 「そう。確かに、手作りのプレゼントは嬉しいものね」 「上手くできるか、心配なんですけど」 「大丈夫。アタシがばっちり教えてあげるから」 スカーレルの悪戯っぽいウィンクに、アティはつい笑ってしまった。 「はい。よろしくお願いしますね」 メイメイの店で毛糸を購入し、スカーレルからノウハウを教わりつつ、夜更かしすること二週間。 「できました!」 最後の毛糸の始末を終え、アティは編み上がった黄色いセーターを目の高さへ持ち上げた。 「お疲れさま。ん、良い感じに仕上がったわね。これならばっちりよ」 セーターを検分したスカーレルは、一つ頷いてアティに拍手を送った。 アティの肩から力が抜ける。 「ありがとうございます〜。途中で目が増えたり減ったりするし、袖と身ごろも本当に繋がるのか、どきどきしました……」 「なかなかにスリリングな体験だったわね?」 アティが一つ失敗するたびに、ちょっとした騒ぎになったものである。 時間が時間だったので、声を潜めてはいたものの、実に賑やかなひとときだった。 スカーレルの声に赤面したアティだったが、出来たばかりのセーターをラッピングすると、満足げに大きく頷いた。 「よし、完成です」 「間に合って良かったわね」 「本当に。思い立ったのが遅かったから、その意味でも焦っちゃいました。これで安心して眠れますよ〜。でも、毎日遅くまでお邪魔してすみませんでした」 「いえいえ。とっても楽しかったわ。それじゃ……」 スカーレルはベッド脇に置いていた袋を手に取ると、アティに差し出した。 「今日まで頑張ったセンセに、アタシからプレゼント」 「え!?」 「開けてご覧なさいな」 目を丸くしていたアティだったが、袋を受け取ると、スカーレルに促されるままに開けてみた。と。 中から出てきたのは、桃色と黒を織り交ぜた、手編みのマフラーと手袋。 見覚えのある色合いだ。 「これ、あの時買った……」 スカーレルが我が意を得たりと微笑んだ。 「センセにね、似合う色だと思ったのよ」 驚いていたアティの瞳が、染み入るような幸せに満ちてゆく。 「……ありがとうございます。嬉しい……」 アティは顔を上げると、天真爛漫な笑顔を浮かべた。 「本当に嬉しいです。ありがとう、スカーレル」 「喜んでもらえて良かったわ。さ、明日に備えて今日はもうお休みなさいな」 「はい!」 微笑むスカーレルに元気良く返事を返し、アティは幸せな気持ちで彼の部屋を後にした。
──fin
(2005.02.25up) |