一方、宇宙連合に属し未開発遊星の保護と警備を行なう遊星ネヴュラ71はゴリの地球侵略を発見する。 そして地球に他の惑星からの干渉があるのは許されないとして、ネヴュラ71は地球に宇宙サイボーグ・スペクトルマンを派遣する。 スペクトルマンは蒲生譲二と名乗って公害Gメン(公害調査局第8分室)に加入し、ゴリが作り出す公害怪獣と戦うのだった。
なんとタイトルはヒーローの名前ではなく、敵の名前である「宇宙猿人ゴリ」だというのが驚き。 そのゴリの設定は、地球を汚す人間たちを人間が生み出した公害で滅ぼそうという痛烈な文明批判を込めたものになっている。 敵を単なる悪役で終わらせず、緻密な設定を行ない番組タイトルにまでしてしまう気合の入れ方が凄い。 そのかいあって、ゴリとラーと言えばヒーロー物の敵の知名度ではトップクラス。 スペクトルマンの必殺技がスペクトルフラッシュだということはほとんどの人が知らないだろうが、ゴリとラーがたった二人で地球を征服しようとしたのは知ってる人が多いだろう。 ヒーロー側より人数が少ない敵なんてそうお目にかかれるもんじゃない。
しかし敵の名前をタイトルにするのはあまりにも大胆すぎた。 その結果、タイトルは第21話から「宇宙猿人ゴリ対スペクトルマン」に、第40話からは「スペクトルマン」にと変わっていく。
また、公害を敵とするのもスポンサーからの風当たりが強かった。 蒲生譲二が籍を置く公害Gメンは第36話から怪獣Gメンへと名前を変え、単なる怪獣やっつけ隊になってしまう。
こういったことからも分かる通り、当初は深いテーマ性を含んでいた本作品は徐々に単純なヒーロー対怪獣の図式に変わっていく。 しかしピープロの作品はそれだけでは終わらない。
この作品の見所は、まず初期はネヴュラ71とスペクトルマンの対立。 ネヴュラ71は地球をマクロな視点で捉えて、地球全体のためには人間の一人や二人はどうでもいいと考えるのに対して、スペクトルマンはまさに人間として一人一人の命を大切にしようと考える。 非情で無茶な指令を出すネヴュラとそれに逆らうスペクトルマンは見ていて面白い。しかしネヴュラはその後、単なる変身アイテムと化してしまうのが残念。
また、公害をテーマにしたエピソードの数々はもちろんのこと、救いのないストーリーの数々も必見。
第23、24話ではひき逃げされた少年の怨念が生み出した怪獣クルマニクラスが登場。 ひき逃げ犯人は蒲生譲二の説得で自首する決意を固めるのだが、怪獣の襲撃で死んでしまう。あんまりだ。
第48、49話は屈指の名作。とは言っても「アルジャーノンに花束を」に怪獣が出てくるだけの話なんだけど。 馬鹿の三吉は知能増幅手術を受けて大天才になるが、その手術を行なった博士には既にゴリの手が伸びており、三吉は怪獣ノーマンになってしまう。 彼はその頭脳で人類を絶滅させる爆弾を作り上げてしまうが、わずかに残った理性でスペクトルマンに自分を殺すように頼む。 そしてスペクトルマンは他に手段も無く、やむを得ずノーマンを殺してしまう。
第61、62話もちょっとしたもの。この回では蒲生譲二の正体すら看破する超能力少年が登場。 怪獣ドクロンの攻撃にピンチになったスペクトルマンを救うため、彼は超能力を全開にする。 そのために少年は死んでしまう。ひぇーっ!
とにかくウルトラマンなどとは一味違うエピソードの数々。 「風雲ライオン丸」や「鉄人タイガーセブン」で頂点に達するピープロらしさをこの作品でも見ることができる。